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震災10年

2021.03.09発行 Vol.386

東日本大震災から10年が経とうとしています。皆さんもそれぞれ思い起こすことが多いと思います。私はあの日は事務所にいました。まだ今の事務所に引っ越す前の事務所でしたが、日経BP社の方たちと打ち合わせをしている途中に大きな揺れを感じました。東京では震度5強の揺れでした。2階にあった事務所ですが、ロッカーなどが大きく揺れ、棚に載せていたものも落ちましたが、大した被害はありませんでした。ネットのニュースなどですぐに東北地方の太平洋沖が震源で東北や北関東では東京よりもっと大きな揺れがあったことを知りました。でも、津波で甚大な被害が起こっていることは、その時にはしばらくは分かりませんでした。

大きな揺れも収まり、日経BP社の方たちをお見送りして、その後、公共交通がほぼストップしていることを知り、日経BP社の方たちは事務所にいていただいたほうが良かったと後悔しましたが、私たちスタッフも帰宅ができない状態になりました。事務所から一駅ほど離れたところにたまたまいた娘を歩いて迎えに行き、事務所に戻っても、もちろん、電車は動く気配もありません。夜も遅くなり、運良く事務所の近所でやっていたカレー屋さんでスタッフや娘と8人ほどで食事をしました。夜も深まり、埼玉まで歩いて帰るというスタッフを見送った10時半くらいから少しずつですが電車も動き出しました。私も、動いてはすぐ止まる電車に乗り、なんとか家に帰りついたのは深夜2時近くでした。

大変な思いをしたと思いましたが、東北や北関東の被害状況を見て、私たちの大変さなど、大変の部類に入らないことをすぐに思い知りました。地震の揺れとともに津波により甚大な被害が出ていたのです。2万人近い方が亡くなったり、行方不明となり、今でも行方不明の方たちがいらっしゃいます。ご家族の悲しい思いは消えることはないでしょう。

震災があった年に、講演で呼ばれて南相馬に行きました。現地の経営者の方が呼んでくださったのです。鉄道も十分に開通していませんでしたから、新幹線で福島まで行き、そこから主催者が用意してくれた車に乗って南相馬まで行きました。途中、原発事故により全村が避難していた飯館村を通りました。パトカーだけが巡回しているのが見えました。とくに帰りに夜、再び飯館村を通ったときの異様な光景は今でも忘れられません。

南相馬では、津波被害を目の当たりにするとともに、原発の避難地区とそうでないところが分かれており、原発で避難された方たちの様子も聞かされました。避難により多くの人の生活が変わらざるを得ない中、中には東電から支給される月にひとり10万円というお金によりパチンコ三昧や酒浸りになり生活や家族関係がおかしくなった人たちの話も聞きました。

あれから10年が経ちました。人口減少や被災地離れが進む中、復興も道半ばです。今はコロナで大変な時期ですが、東日本大震災の経験を風化させることなく、自分たちや後世に活かすのが私たちの使命ではないでしょうか。

亡くなられた方たちのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

小宮 一慶


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