「防衛的賃上げ」という言葉を時々聞くようになりました。企業業績の改善が見込めない状況下でも、人材のつなぎ止めを目的として、やむをえず行う賃上げのことです。
このことに関連して、2月11日の日経新聞記事「成長実現には何が必要か」(小林慶一郎氏(慶応大学教授)寄稿)の示唆を考えてみたいと思います。同記事では、次のように説明されていました(一部抜粋)。
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最近、「持続的な経済成長を実現するために、物価を上回る賃上げを目指すべきだ」という声が大きいが、これでは原因と結果が逆だ。実質的な意味で経済成長が続く(経済の総生産量が大きくなる)から、物価を上回る賃上げが可能になるのだ。
もし経済規模を示す国内総生産(GDP)が増える前に「物価を上回る賃上げ」をすれば、企業の利潤が減り、投資が減るので、経済はますます成長しなくなる。したがって先に経済成長が実現する必要がある。
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ここで、「経済」を「自社」、「GDP」を「自社の付加価値」と読み替えて、いち企業の単位で考えてみると、次のようになります。
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「自社の成長を実現するために、物価を上回る賃上げを目指すべきだ」は、原因と結果が逆だ。実質的な意味で自社の成長が続くから、物価を上回る賃上げが可能になるのだ。
もし自社の生み出す付加価値が増える前に「物価を上回る賃上げ」をすれば、自社の利潤が減り、投資が減るので、自社はますます成長しなくなる。したがって先に自社の成長が実現する必要がある。
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「投資」には、人材への投資も含まれます。また、労働市場の賃金相場に比べて大きく見劣りする賃金の提示では、自社に必要な人材を確保することも難しくなります。よって、物価を上回るようなレベルの賃上げが必要不可欠な面もあり、人材の領域に対する投資の一部と認識し、自社として行っていくべきだという考え方もあり得ます。
そのうえで、防衛的賃上げだけを続けていては、やがて自社が成長しなくなってしまうことをおさえておく必要があるのを、改めて同記事は示唆していると思います。
緊急避難的に防衛的賃上げを行うとしても、自社の長期ビジョンを描き、それを実現させるために今期の具体的な経営計画を立てて、必要な投資を実行していくこととの並行が、基本的な考え方になるべきだと言えます。「投資を行い、組織が成果を上げ成長することで、賃上げが可能になる」ということです。
簡単ではありませんが、このことを原理原則として認識し、付加価値を高めるための投資を行っていく必要があります。投資活動には、今ある物を有効活用して新たな取り組みを行う、時間をこれまでとは別のことに充てるなど、金以外の物や時間の資源を何に振り向けるかも含まれます。
また、賃上げについても、規制緩和の動きもある株式付与による従業員への還元や、業績連動型の賞与制度の充実、福利厚生の充実など、基本給の引き上げ以外の処遇改善方法を多角的に検討することも、改めて有効な視点になると考えます。
藤本 正雄