賃上げの勢いを感じさせるニュースを目にします。例えば3月14日の日経新聞記事「賃上げ平均5.46%、25年春の労使交渉 連合の1次集計」を参照すると、連合が14日発表した2025年春季労使交渉の第1回回答集計で、基本給を底上げするベースアップ(ベア)と定期昇給(定昇)を合わせた賃上げ率の平均は5.46%になったということです。これは、2024年の同じ時期の5.28%を0.18%上回り、34年ぶりの高水準ということです。
中小企業も5.09%で、5%台に乗せるのは33年ぶりだそうです。伸び率でいうと大企業よりも中小企業のほうが高い結果となっています。近年の賃上げ加速の動きが維持され、その流れが中小企業にも波及しているように見えます。
一方で、賃上げが困難な企業も見られるようです。3月15日の日経新聞記事「賃上げ「原資なし」57% 名商調査、中小で危機感先行」で紹介された名古屋商工会議所の調査結果によると、「2025年度に賃上げを予定する企業のうち「原資が確保されていない」と答えた割合が57%を占めた」とあります。さらには、従業員が20人以下の小規模企業の26%で、賃上げの予定がないそうです。301人以上の大企業でも10%が「賃上げの見込みなし」と回答していることを紹介しています。
多くの企業で、業績の改善が見込めない状況下であるにもかかわらず、人材のつなぎ止めを目的としてやむをえず行う「防衛的賃上げ」を行っていること、あるいは防衛的賃上げ自体行わない方針の企業もあることが見てとれます。
人材が確保できなければ、事業が継続できなくなります。よって、防衛的賃上げも必要な面があります。一方で、自社の収益性で許容できる範囲を超えた賃上げを行ってしまっても、将来的にやはり事業が継続できなくなります。私が普段お会いする各社においても、(給与改定の計画を教えていただきながら)「自社のこの賃上げ水準で十分か?」という質問を受けることが増えています。
非常に悩ましい経営判断を要するテーマです。そのうえで、2つのことをおさえておく必要があります。ひとつは、多面的な情報を参照することです。
冒頭の記事だけを参照すると、5%を上回るような賃上げがすべての企業にとって必須であるかのような印象を受けます。しかしながら、冒頭の記事の数値は「平均値」であって「中央値」ではありません。一部の高い賃上げをする企業に、平均値が引っ張られている可能性もあります。加えて、全国の企業を網羅したものではなく、連合による集計です。調査対象となる企業自体が偏っている可能性があります。2つ目の記事を参照すると、賃上げを行わない方針の企業も相応にあることが見てとれます。
無料で活用できる賃金データとしては、例えば厚生労働省による賃金構造基本統計調査があります。多くの企業を対象にした調査結果が毎年発表され、地域別、業種別、企業規模別などさまざまな切り口からデータの参照が可能です。こうしたデータも合わせて参照することで、企業全体の動向を把握しやすくなります。
もうひとつは、自社の適正な人件費の水準を設定しておくことです。自社の事業構造、収益性から、適正な労働分配率を決めておき、それを維持する必要があります。自社の労働分配率がいくらなのか、大まかに把握はしていながらも、目標とする率を設定していない中小企業も多く見かけられます。社外の賃金相場を気にしながらも、自社の持続可能性の観点から人件費の目標値を明確にしておくことが大切です。
もちろん長的な視点としては、自社のビジョンを描き、それを実現させるために今期の具体的な経営計画を立てて取り組み、自社の商品・サービスの付加価値を高めて収益性を上げていくことが、本質的な解決の方向性となります。