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フジ・メディア・ホールディングスに見るガバナンス問題

時事トピック
2025.04.02

フジ・メディア・ホールディングスのガバナンス問題で、第三者委員会の報告書が出されました。

新聞やニュースでしか見れていませんが、本件は、日本のコーポレートガバナンスの課題を浮き彫りにしています。

特に深刻なのは、セクハラが組織内で日常的に行われ、それが長年放置されてきた実態です。第三者委員会の調査では、「男性役職員の女性アナウンサーへの対応に『所有物感』を感じることがある」という証言や、「まともな調査もされずに黙殺された」といった深刻な実態が明らかになりました。

この問題の根底には、人権意識の低い企業風土と、男性優位の同質的な組織構造があります。被害者が声を上げても厳正な処分がなされず、むしろ加害者が役員に昇進するような事例も報告されており、組織としての危機意識の欠如が明確になっています。

より本質的な問題は、意思決定権が特定の人々に集中し、多様な視点が欠如していることにあります。

書籍「多様性の科学(マシュー・サイド著 ディスカバー・トゥエンティワン)」の研究は、この点について重要な示唆を与えています。同書の実験では、高い能力を持つ「天才族」と、社交的な「ネットワーク族」を比較し、興味深い結果を示しています。個人の能力では「天才族」が「ネットワーク族」の100倍の成果を上げられるとしても、社会的なネットワークの効果により、最終的には「ネットワーク族」の方が99.9%という圧倒的な確率でイノベーションを実現できることが実証されています。

書籍「多様性の科学」での実験の内容は以下のとおりです。

 

実験では、「天才族」と「ネットワーク族」という2つの集団を設定しました。

天才族の特徴:
 ・個人の能力が非常に高く、10回に1回の確率でイノベーションを起こせる
  ・社交性が低く、友人は1人のみ

ネットワーク族の特徴:
   ・ 個人の能力は相対的に低く、1000回に1回の確率でしかイノベーションを起こせない
   ・社交性が高く、友人が10人いる

 

実験設定では、両集団が弓矢を発明しようと試みる状況で検証を行いました。結果として、天才族は人口の18%しかイノベーションを起こせませんでしたが、ネットワーク族は実に99.9%がイノベーションの達成に成功。この驚くべき差は、友人から学ぶ機会(50%の確率で学びが得られる)の有無が大きく影響していました。

イノベーションとコーポレートガバナンスということで論点が違うと思われる方もいらっしゃると思います。しかし、このことは、たとえ個々の能力が高い人材で構成されていても、同質的な組織では革新的なアイデアや健全な判断が生まれにくいことを示しています。

フジ・メディア・ホールディングスの事例は、まさにこの理論を裏付けるものといえます。第三者委員会の調査で明らかになった「役員が特定の人物ばかり見て行動している」という状況は、多様性の欠如による組織の硬直化を如実に示しています。

イノベーションにおいてもコーポレートガバナンスにおいても、過度な同質性を避けることが鍵になります。もちろん多様性の程度については、実現したい目的によって様々ですのでなんでもかんでも多様性といっていればいいというわけではありません。

ここで重要なのは、コーポレートガバナンスの本質についての理解です。多くの企業では、コーポレートガバナンスを単なるコンプライアンス(法令順守)と同一視する傾向がありますが、これは大きな誤りです。コーポレートガバナンスの本質は、組織が健全な意思決定を行い、環境変化に応じて柔軟に軌道修正できる体制を作ることにあります。そのためには、多様な背景や視点を持つメンバーで組織を構成し、活発な意見交換を促進する必要があります。また、社外取締役の本質的な目的でもありますが、同質性や村の力関係が及ばない人で構成しなければ、そもそも多様性のバックグラウンドがあったとしても意見が抑圧されることで結果としての多様性による複眼的な視点が得られません。これは、心理的安全性といった場の空気について、取締役会という場においても健全に働かせる必要があるということでもあります。また、そもそもとして社外取締役としての倫理観として、抑圧があったとしても毅然とした意見の多様性を発揮するということも必要ではあります。簡単なことではありませんが。

フジ・メディア・ホールディングスの事例からは、組織のトップが持つべき重要な責務が見えてきます。それは、多様な意見を積極的に取り入れ、健全な企業文化を醸成することです。第三者委員会の調査結果は、この責務が十分に果たされていなかったことを示しています。特に深刻なのは、過去の重大な人権問題からも組織として何も学習していなかった点です。外部からの助言を得ず、独善的に物事を判断する企業体質が根付いていたことが、問題を更に深刻化させました。

現在、同社では取締役会の刷新が予定されており、外部の視点を持った取締役によるガバナンス改革が期待されています。この改革の成否は、組織の健全性回復の重要な指標となるでしょう。現在、同社の株価純資産倍率(PBR)は1倍を割り込んでおり(202542日現在0.65倍程度。これでも当初の0.4倍からくらべると大きな向上を見せています。)、これは市場が同社の将来性に懐疑的な見方をしている表れです。この数値は、企業の解散価値よりも継続価値が低いと市場から評価されていることを意味します。

PBRは、日本の上場会社では、202542日現在で東証プライム全銘柄で1.28倍、東証スタンダードではギリギリの1.0倍となっています。

企業が持続的な成長を実現するためには、多様な視点を取り入れ、環境変化に柔軟に対応できる組織作りが不可欠です。適切なガバナンス体制の確立により、企業価値の向上が期待できます。これは、何も上場会社だけではありません。むしろ、未上場の中小中堅のオーナー企業であれば、尚更同質性のワナにはまりやすい構造にあります。ただ、それがニュースにならないだけです。

フジ・メディア・ホールディングスの事例は、日本企業全体にとって重要な教訓となるはずです。形式的なコンプライアンスを超えて、真の意味でのコーポレートガバナンスを確立することが、これからの企業経営には不可欠なのだと考えます。


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