◆安岡先生の経営指南
今週は北海道帯広にて私も講義させて頂く経営者合宿があり、その課題テーマの一つが安岡正篤先生に学ぶ人間学(生き方)です。
安岡正篤先生(1898年〈明治31年〉– 1983年〈昭和58年〉)と言えば、戦前~戦後にかけて国のトップたる歴代総理大臣がこぞって指南役に仰いだ(例えば吉田茂は安岡先生を「老師」と呼んでいた)ことは有名な話ですが、のみならず昭和天皇も春の園遊会で「安岡、終戦の時は苦労をかけたね」「今も勉強しておるか」と尋ねるほどの人物です。これは終戦に際し、玉音放送として有名な「終戦の詔勅」に安岡先生が推敲の筆を加えていたことによるものです。「平成」の元号にも戦前関わっておられたことも諸説ありながらよく取り上げられる安岡先生の功績です。
そんな安岡先生は松下政経塾開塾時の顧問に列するなど、日本の経営者に対しても、その経営の心得、出処進退、そして人財育成の大切さなど、その高い見識で指導をしていました。因みに現在も多くの経営リーダーが学び続ける「帝王学」は、安岡先生の弟子の一人である伊藤肇(1926年〈大正15年〉– 1980年〈昭和55年〉)ジャーナリスト、雑誌編集者、経営評論家)が、安岡先生の学問のことを「帝王学」と言ったのが語源です。
◆経営者に求められる三原則
安岡先生から直接指導を受けた経営者は「先生から受けた言葉は一つひとつがまさに思い当たることばかりだった」と述べています(元東京電力会長の平岩外四など)。
その指導の中でも現在の多くの経営者も重視する教えの一つに以下の三原則があります。
- 長期的に物事を考える(短期的なことばかりに拘泥してはいけない)
- 物事を一面ではなく全体をみる(部分だけをみてはいけない、専門バカになるな)
- 物事の本質を見出し、根本的に考える(枝葉末節に拘ってはいけない)
この三原則は「明治以来の思考の三原則」として度々先生の講演録にも出てきます。
経営の現場で目撃する問題は数多ありますが、経営者が方向づけする際にその本質が社員の皆さんにしっかりと伝わっていないことが多々あります。伝える力の本質は安岡先生の三原則の通り、“コミュ力”という謎の能力ではなく、実は「思考力」なのです。さらに言えば、「人間学」を通じて獲得できる「真理の思考力」と言った方が正確だと思います。
安岡先生は経営者に対して江戸時代の思想家・軍学者である山鹿素行の遺訓を示して、経営の心構えも解いています。すなわち以下の五文字です。
・威…人の上に立つ者は威厳がなくてはならない
・愛…全従業員を家族のように愛しているか
・清…身辺をきれいにすること
・簡…経営トップは簡潔で通じやすい指示を与えること
・教…社員に命令するのではなく、教えていくようにすること
またウシオ電機会長の牛尾治朗氏は安岡先生から頂いた薫陶として次の言葉を紹介しています。
「事に臨むに三つの難しきあり。能く見る、一なり。見て能く行なう、二なり。当に行なうべくんば、必ず果決す、三なり。」(出典:『わが経営に刻む言葉』)
これを「能く見る」とはマーケティング、「能く行なう」とはアチーブメントと牛尾会長は解釈しています。このことはドラッカー先生のマネジメントの3つの役割と酷似しています。(2つ目の役割は『Management』の原著で“Productive Work and Worker Achievement”)
どう経営するのかのノウハウの前に何のために経営をするのか、すなわち何のために生きるのか、そのことを今もって安岡先生は問い続けておられたのです。ゆえに稲盛和夫さん、野中郁次郎先生曰く、「経営とは生き方」なのです。