(弊社所属のコンサルタントによる長編コラム「KC文集2020」掲載記事)
毎年4月に開催している「新入社員・若手社員研修」を担当させていただいて、10年以上になります。近年は、毎年70名前後の新入社員、若手社員の皆さまにご参加いただき、入社時研修という一生に一度の貴重な時間をご一緒させていただいております。研修でご一緒する皆さまの初々しさ清々しさを見ていると、先輩社員の皆さまと同様に、講師である私も、忘れかけていた初心を取り戻し、学びの機会をいただいていると感じます。
企業様から直接、研修のご依頼をいただくことも増えました。新入社員の方を対象とした入社時研修や、その後のフォローアップ研修、既存社員の皆さまを対象としたビジネスマナー研修や秘書研修などもご依頼があればお引き受けしております。
■現役秘書が研修をする理由
現役秘書によるマナー研修、接遇研修は、なんといっても講師自身が日々実務で、ビジネスマナーを実践していることが利点です。お客さまとのやり取り、上司や社内でのコミュニケーション、電話応対や来客対応など、毎日仕事の中で起こるすべてがそのまま研修の材料になり、事例としてお話できる具体例が生まれます。上手くいったことも失敗したことも、日々積み重ねた実務での経験を踏まえて、自信を持って受講者にお伝えできます。
加えて、秘書として多くの方とお仕事をさせていただくなかで、一流と言われる方々はどんな振る舞いをしているのか、成功する方はどのように関わる人を魅了していくのか、その気遣いに接する機会を数多くいただきました。相手への心遣いを形に表すビジネスマナーの重要性、それが人とのよりよい繋がりを築き、仕事に活かされることを日々痛感しながら、仕事をしています。そして、秘書として知った尊敬する方々の振る舞いを、より多くの方に知っていただき、実践してもらえれば、仕事も人生も人との関わり方も、より豊かなものになるはず。その思いから、マナー研修のご依頼をお受けしています。
新人の皆さんにとってビジネスマナーとは、「上司のためにやらなければいけないこと」と捉えています。上司に怒られないために、仕方なく研修で覚えてやらなければいけないという認識です。しかし研修が終わると、「自分が幸せに働くために、ビジネスマナーは必要だったんですね」と前向きに、主体的に受け止めてくださいます。「仕事のための研修だと思って受けたけれど、仕事だけでなく自分の人生にとって必要な研修でした」という感度の高い感想を伺うこともあります。私自身が仕事を通して教えていただいたマナーの大切さ、人との関わり方を、KC会員企業の社員の方にお伝えすることで、お返しができれば。私が研修のご依頼をお引き受けしている理由です。
■研修で感じる新入社員の特徴、研修の様子
10年以上新入社員研修を担当し、新人の皆さんと接してきましたが、新入社員においても多様性は顕著です。新卒とひと口に言っても、高卒、専門学校卒、大学卒、大学院卒、留学生や海外大学卒の方も研修に参加する場合があります。年齢の幅も広く、18歳から30歳近い方もいます。考え方、価値観も様々で、いまや「常識」や「普通」といった言葉で一律に言い切れない難しさを痛切に感じています。急須でお茶を淹れたことがない今どきの新人の方にとっては、お茶は給茶機のボタンを押すものか、ペットボトル入りが普通なのですから、そもそも茶菓対応の常識が根本的に違うのです。
全体的には皆さんとても素直で、言われたことにはおとなしく従ってくださいます。遥か昔、私の新人時代には、講師を困らせたり、女性講師を泣かせて研修を中断させる新人がいたものですが、今はそのような“扱いにくい”新人を見ることはまずありません。講師の指示には素直に従い、真面目にメモを取っています。そして周りの様子をよく見て、良くも悪くも目立つことを避け、周囲に合わせて行動します。
質疑応答の時間を設けても、全体の前で質問が出ることはあまりありません。しかし休憩時間になると、個別に質問の列ができ、かなり具体的な質問が続きます。実際に仕事をする場面を想定して、細かく質問をしてくる方が多いのも、失敗したくないという気持ちの表れです。個別の質問であっても、他の受講者にも共通の内容が多いため、休憩後に再度、全体で共有したりしながら、研修を活性化させる工夫をしています。
会話力が弱いというのは、若手社員の皆さんの特徴のひとつです。SNS世代の彼らは、短い言葉で反応することは得意ですが、細切れの単語を並べて話しがちで、単語を繋いで文章で伝えることも得意ではありません。例えば「やばい」と言った時、何がどう「やばい」のかを、相手に分かるように説明できないといった具合です。これは仕事をスタートしてから、自分の伝えたいことをうまく相手に伝えられないという悩みの原因になります。
声が小さい、口をあまり動かさずに話すことも気になります。声がこもり、活舌が悪くなるため、聞き取りにくくなります。新人のうちは、話す内容にも自信がないため、その傾向がより強まり、接客現場では、お客さまを不安にさせ、クレームに繋がります。
また例年、企業の研修担当の方からご相談いただくのが、丁寧語で話せないということです。尊敬語、謙譲語が苦手なのは言うまでもありませんが、それ以前に、そもそも丁寧語「です」「ます」体で話せないというのです。立場の違う人と関わる機会が、圧倒的に少なく育っていることが原因だと思います。上司や先輩、お客さまに対しても、最初は緊張感があるのですが、親しくなってくると言葉がフランクになり、友達言葉で話してしまう場面が多く見受けられます。
そして相手の話を聞くときにも、相づちや表情の変化など、反応に乏しい方が多いです。決して話を聞いていないわけではなく、いたって真剣に聞いているのですが、聞いていることを相手に伝える動作や反応が少ないため、相手には伝わらず不安にさせています。頷きがない、表情が変わらない、視線が合わないため、言っていることを本当に聞いているのが伝わらないというのです。研修のなかで、傾聴動作を封印して話を聞くワークをすることがあります。一切反応を示さない相手に話をすることの難しさを体験して初めて、傾聴姿勢の重要性を理解してもらっています。
人間関係には極めてフラットな考え方を持っているので、立場が違う、へりくだるという考え方を上から押し付けても、受け入れてもらうのは難しいと感じます。それよりも、「相手を大切にする」ことに共感してもらい、そのためにマナーがあると理解していただくよう研修を行なっています。
さて、先ほど新人研修では質問が上がりにくいとお伝えしましたが、企業研修においては、質問が非常に活発に出る企業様もありました。
こちらの企業では、内定者の頃から頻繁に、彼らに質問を考えさせているのだと伺いました。内定者研修などで、社長や先輩社員から話を聞く機会が何度か用意され、入社後も社長と直接話をする時間が研修期間中に何度か用意されているのですが、すべて事前に質問を用意させ、新入社員からの質問に答える形で進行しているとのことでした。社長への質問は、100用意してもらうのだそうです。受け身で話を聞くのではなく、研修の場を主体的に活用してもらうために、質問を用意させているとのことでした。主体的な受講姿勢は私の研修でも発揮され、受講者の活発な質問に答える形で、通常の研修では踏み込まない内容にも触れることができました。
新人研修の運営そのものを、新人の仕事と位置付けている企業もありました。研修にかかる準備作業、テキストや資料の配布、教室のレイアウト整備、ホワイトボードを消したり、講師用のお水を用意やお弁当のゴミ捨てなどの仕事を、新入社員自身が担当できるように指導し、運営してもらっていました。新人研修は与えられるものではなく、自分たちのために行なっているのだという意識を研修スタート時に植え付けるために、効果を発揮していました。
■新入社員、若手社員教育において必要なこと
若手社員の方にビジネスマナーや仕事の進め方を指導する際、私が気をつけていることがいくつかあります。社内講師の方がマナー研修を行なう場合にも、参考にしていただければと思います。
1.目的を伝える
まず最初に、仕事の目的、ゴールを伝え、そのために何をすべきか思い描いてもらえるようにしています。その仕事の先は、どんな状態になっていることが望ましいのか、そのゴールイメージがないと、仕事が単なる作業に留まってしまい、言われたことだけをやって仕事が終わってしまうからです。
具体的な例として、「気づく人と気づかない人の違い」を考えてもらうよう、以下のような話をしています。
「ある講演会の会場でのこと。遅れて来場したお客さまを、空いている席に案内するために、案内係のスタッフが会場後方に控えていました。
開始から20分ほど遅れて、女性のお客さまが入ってきました。案内係が空席へと誘導し、お客さまが座ろうという仕草を見せたところで、案内係は役目を果たし、お客さまには背を向けて、自分の所定の位置である会場後方へと戻りかけていました。案内された席にそのまま座ろうとした瞬間、そのお客さまは、なぜかくるっと、その案内係の方を振り返りました。なぜ振り返ったのかは分かりません。このお客さまは、手にたくさん荷物を抱えていたので、椅子を引いて欲しかったのかもしれませんし、その荷物を置く場所がどこかにないかと、案内係に訊ねたかったのかもしれません。あるいは案内された席に一度は座ろうとしたけれど、やっぱり別な席がいいなと思い直したのかもしれません。何か案内係に聞きたいことがあったのか、気にかかることがあったのかもしれません。でも残念ながら、その案内係はすでにお客さまに背を向けていたので、お客さまの視線に気がつくことはありませんでした。お客さまも諦めて、前に向き直り、何事もなかったように席に座りました。
案内係が気づいてくれなかったからと言って、このお客さまは文句を言ったり、クレームを言ったりすることはないでしょう。座った瞬間に忘れてしまうような些細なことだったのかもしれません。でもこんな時でも、その視線に気づいてくれる人と、全く気づいてくれない人がいるものです。この違いって、何でしょう?」
受講者の皆さんに意見を聞いてみると、色々な答えが返ってきます。皆さんの意見をもとに、この案内係の人は、お客さまを空いた席に誘導するまでが自分の仕事だと思っていたからではないかと問いかけます。この場合、本当の仕事の目的は、「お客さまが落ち着いて座ったことまで見届けること」「お客さまがセミナーを受講できる状態になること」であり、席に誘導するのはそのためのひとつでしかないと理解してもらえるのです。
その仕事が、本当の意味での「仕事」になるか、ただの「作業」で終わるかは、目的・ゴールをどれだけ考えているかです。特に新人の間は、「作業」を行なうことが圧倒的に多いのですが、その場合でも、何のためにしているのか、誰のためになることなのかを伝え、目的を考えてもらうことで、仕事の捉え方が変わってきます。
2.理由を説明する
「今までそうしてきたから」という理由は、若手社員の方には通用しません。また、今までの仕事の仕方、慣習を打ち破ることは、これからの若手社員に求められていることでもあります。
なぜそうするのか、理由を論理的に説明することが求められています。納得を得て初めて、相手は動いてくれますし、その重要性や意味が分かれば、より注意深くその仕事に取り組んでくれます。
ビジネスマナーも全く同様です。しきたりだから、形式的に決まっていることだからという形だけの指導では、「相手を思う心を形にして伝える」というマナーの本質が抜け落ちてしまいます。そしてマナーは、時と場所と相手、状況を踏まえて、今自分はどうするべきかをとっさに判断し行動することが求められます。表面的な形だけでなく、なぜそうしているのか、理由や背景まで理解することで、応用や判断ができるようになるのです。
理由を説明しようとすれば、これまで漫然と行なってきたことを、改めて見直す必要が出てきます。指導担当や社内の講師にとっても、業務を振り返り、その意味や価値を問い直すよい機会になることでしょう。
3.否定しない、受け入れる
対人距離に敏感で繊細な若手社員には、彼らが受け入れられていることを伝えることがとても大切です。安心安全な場づくりによって、指導の言葉に聞く耳を持ってもらえるようになります。指導する上でのスタンスは、「話す」よりまず「聞く」。彼らの話、言い分をまずは否定せずに耳を傾け、それから「気づかせる」スタンスが必要です。
4.細かな働きかけを行なう
信頼関係を築くためには、挨拶や雑談などで単純接触回数を増やすことも大切です。最近は、「報連相」より「雑相」が大事ともいわれています。報告・連絡・相談は、仕事を進めるコミュニケーションの基本ですが、新人から上司に話しかけることはハードルが高く、そのため必要な報連相が滞りがちです。雑談で相手との距離を縮め、お互いを理解することで、相談しやすい環境を作ることが「雑相」です。また「報連相」は部下から上司への一方通行のコミュニケーションになりがちですが、それでは上述のような仕事の背景や理由が部下に伝わりにくいものです。日頃から「雑相」で双方向の会話により心理バリアを下げておくことが、コミュニケーションを円滑にする秘訣です。
部下、メンバーの名前を覚えることもとても大切なことです。上司から部下へのフィードバックシートを書いてもらい、研修で部下に渡して読んでもらうプログラムがあるのですが、以前、部下の名前の漢字が間違っていたことがありました。自分の名前を間違えられていた部下は、そのことで心理バリアが上がり、シートに書いていたコメントは全く頭に入って来ない様子でした。自分の名前も覚えていない上司のフィードバックが、部下の心に届くわけはないのです。
5.手本になる
新人研修やマナー研修において最も重要なことは、講師自身が手本になるということです。
新入社員研修においてのマナー研修の講師は、彼らが社会に出て初めて出会う、ビジネスの現場でのマナーの実践者です。また、既存社員の方を対象とした研修でも、講師自身がマナーを実践している姿が、受講者の感性に響かなければ、マナーを身につけようという動機付けにも、まして定着にも繋がりません。マナーを実践している人が周囲に与える良い影響、相手から見ての好感や信頼を、言葉で説明するだけでなく、受講者に「感じて」もらうこと。それなくして、マナー研修の効果は出ないからです。
ある企業で、新人研修の講師を依頼された時に伺ったお話です。マナー研修の講師でありながら、まだ勧められていない席に勝手に座っていた講師、コートを椅子の背にかけていた講師、荷物を椅子の上に置いていた講師はすべてお断りしたと言われたことがあります。自社の新入社員がビジネスマナーを学ぶ講師、研修で接する講師なのですから当然、厳しい目で選定されていることを実感しました。
私は仕事の基本は、「相手の立場に立って考え、行動すること」とお伝えしています。そう伝えている講師自身が、ホワイトボードのよく見えない位置に板書していたり、教室内の温度調整に配慮がなかったり、研修時間を過ぎているのに何の断りもなかったら、受講者はどう思うでしょうか。相手の立場に立って考え、行動して見せることが、研修での学びになり、気づきに繋がります。研修内では、講師の一挙手一投足が、研修テーマを裏打ちするものでなければならないのです。
■ビジネスマナーはなぜ必要か
マナーのあり方は大きく変わってきています。自然環境への影響を配慮したクールビズやウォームビズの導入。雇用形態は多様化し、働き方改革の影響、特定の性別のみに適用される服装規定に対する差別意識の高まり、メールやチャットなどコミュニケーションツールの変化などにより、古い価値観のビジネスマナーは形骸化し、マナーはよりカジュアル化しています。
組織がフラット化している昨今、ビジネスマナーなんて必要ないという会社もあるようです。しかし、本当にそうなのでしょうか。
確かに、古い価値観のビジネスマナーは、徐々に廃れ、形骸化しています。しかしどんな人でも、自分を大切にしてくれたと感じれば嬉しいものです。そして人は、自分を大事にしてくれる人を大事に思う、その心は変わらないのではないでしょうか。他者を思いやる気持ち、相手を尊重する心を持ち、それを形に表して相手に伝えることの重要性は決してなくなりません。むしろ、相互尊重がなされない世の中で、ますますその重要性は高まっているのではないでしょうか。
そして、思いやりの気持ちがあっても、行動しなければ相手には伝わりません。その行動の仕方、表現方法としてマナーが必要なのです。マナーを学び、考え方や習慣を身につけておくことによって、とっさの場面でも適切な対応をすることができます。そしてマナーを身につけ、自信を持ってふるまう姿は、見る人にプロとしての安心感や信頼感を抱かせます。プロとして選ばれるためにも、マナーは欠かせないものです。
■場面でよく目にする間違い
・名刺交換
お客さまの会社の社員の方と名刺交換する場面があります。日頃あまり名刺交換をしていないのだと思いますが、自分側に正面を向けたまま(つまり相手から見ると、上下逆)で名刺を差し出されたことが、一度や二度ではありません。物を差し出すときは、相手正面に向けて差し出すという当たり前のことが分かっていれば、たとえ名刺交換に慣れていなくても、ここは間違うはずがないところですが、それが出来ていないのです。ということは、日頃、パンフレットをお客さまにお渡ししたり、上司に書類を渡すときも、相手正面に向けて渡していないのではないかと想像されます。そんな当たり前のことを、わざわざ言わなくてもわかるだろうと思うのは、通用しないのです。日頃の動作、行動を見て、気づいたらその場で指摘する必要があるのですが、先輩社員もマナーに自信がないため、それを指導できません。特に中小企業で働く社員の方には、ビジネスマナーの指導や研修を一度も受けたことがないという先輩社員も多く、正解が分からず、不安に感じながら行なっていることが多くあります。
・相手に配慮を表す表現
物の言い方、要望の伝え方についても、稚拙なやり取りが見受けられます。相手に対する配慮がなく、自分の要件だけを直接的に伝えるために、相手が不快感を感じていたり、仕事へのモチベーションを下げている例も多く見受けます。コミュニケーションがスムーズに取れないことは、結果的に仕事の効率を下げ、余計なストレスを生みます。
相手に依頼や負担を強いる場面では、できるだけ相手への負担感を和らげ、受け入れやすい表現をすることが、相手に対する配慮です。このような配慮を表す言葉として、「クッション言葉」があります。
「お名前を書いてください」
→「お手数ではございますが、お名前をご記入いただけますか」
相手に依頼する言葉の前につけることで、強制的で命令調の表現を避け、相手に配慮した丁寧で優しい表現をすることができます。相手に対して一歩下がった立ち位置、相手への心遣いを伝えることもできるので、同じ依頼内容でもその印象は全く違ったものになります。
- 依頼は命令形ではなく、「お願い」「お訊ね」形にする
依頼の際には、「お手数ですが」「ご多忙とは存じますが」など、相手に負担を強いることへの配慮の気持ちを込めたクッション言葉を使います。そして、後に続く依頼文は、「○○してください」ではなく、「○○していただけますでしょうか」という“お願い”“お訊ね”をする形に変えるのがポイントです。そもそも「○○してください」は命令形ですから、相手は強制されている印象を受け、こちらの都合に関係なく押し付けられる不快さ、傲慢さを相手に感じます。気持ちよく引き受けてもらうには、「お願い・お訊ね」する依頼の表現で伝えることで、相手に選択肢が生まれ、受け入れやすい言い方になります。
- 断りは拒絶ではなく、直接的な表現にならない工夫をする
お断りの場面では、「有り難いお話ではございますが」「身に余るお言葉ですが」など、せっかくご依頼やお誘いをいただいたことに対する感謝と、ご要望に応えられないことへの謝罪の気持ちを込めたクッション言葉を使います。そして、後に続く言葉は、「○○できません」という拒絶表現ではなく、「ご意向に沿えず申し訳ございません」「ご期待にお応えすることが叶わず心苦しく存じます」という表現に変えてお伝えします。
- 質問・進言は一歩引いて
質問の場合には、「失礼ですが」「お差し支えなければ」「詳しくお聞きしたいのですが」など、答えていただくことへの配慮をクッション言葉で表します。また、進言や情報提供をする場合には、「すでにご存じとは思いますが」「差し出がましいこととは存じますが」「念のためお伝えしたいのですが」などのクッション言葉があると、相手が受け入れやすい表現になります。
対面での会話だけではありません。文字だけでやり取りするメールや、声だけのコミュニケーションをする電話では、冷たく事務的な印象を相手に与えてしまい、クレームにもつながりかねません。またクレーム対応時にも、適切なクッション言葉がないと「お名前を教えてください」「発送日はいつですか」「商品はどういう状態ですか」など、状況確認のための質問がまるで尋問のように繰り返されます。これではさらにクレームを悪化させてしまうことに繋がります。
クッション言葉のない依頼や断りには、自分の言いたいことだけを一方的に伝える傲慢さが透けて見え、相手を不快にさせてしまうのでしょう。自分の言いたいことを言う前に、ちょっと立ち止まって、その言葉を受け取った相手の気持ちを思いやる気持ちを持ちたいもの。その思いやりを表す小さなひと言が、クッション言葉です。
・敬語や言葉の間違い
例えば二重敬語があります。「お越しになられる」「いらっしゃられる」「お聞きになられる」などは、尊敬表現プラス付加形式で一般に使うのはすべて間違いです。非常によく目にし、耳にする間違いです。
尊敬語と謙譲語の混同もよく見られます。「あちらで伺ってください」「〇〇様はおられますか」「どちらから参られましたか」。自分の行動に使うべき謙譲語を、相手に対して使っている誤用例です。違和感がない方は、自分でも間違って使っている可能性があります。
日本語そのものの間違いも目にします。お手紙やメールの結びに使われる「お体ご自愛くださいませ」。「ご自愛」の中に、そもそも体の意味を含んでいるため、「お体」は不要です。「寒さ厳しきおり、ご自愛下さいませ」と使います。
ことわざ、慣用句を使った会話には、知性や教養が表れ、奥行きある表現ができますが、使い方を間違えると相手に対して、とても失礼なことになります。
役不足
×「私では役不足で、申し訳ないです」
ある集まりで、挨拶をなさった若手の社長の方が謙遜されて仰った言葉です。「役不足」とは、持っている能力に対して仕事が簡単すぎるという意味ですので、この使い方は誤りです。
鳥肌が立つ
×「感動して鳥肌が立ちました」
強い寒さで毛穴が収縮し、羽をむしられた鳥のようになるさまから、悪寒のような強い恐怖を感じた時の表現です。「恐怖のあまり鳥肌が立った」という使い方をしますので、誉め言葉として使うのは間違いです。
蛙の子は蛙
×お客さまのお子さんを褒めようとして「蛙の子は蛙ですね」
子の性質や能力は親に似るものだという例え。所詮、凡人の子は凡人にしかならないという意味であり、褒め言葉には使いません。
鳶が鷹を生む
×フォローしようとして、「鳶が鷹を生みましたね」
平凡な親から優れた子供が生まれることの例え。親を下げる表現ですので、失礼になります。
当たり年
×今年は台風の当たり年で、被害も甚大ですね
当たり年は豊作の年を言う言葉です。転じておめでたいこと、幸運に恵まれた年という意味ですので、台風で被災された方が聞けば、なんと無神経なことだろうと思われるでしょう。近年は災害が多く、お付き合いのある会社や社員の方、ご家族の中で被災された方がいるかもしれないことに思いを寄せ、使う言葉には慎重でありたいものです。
言葉遣いについては、そんな細かいことを気にしなくても。相手も気づいていないのだから問題ないだろうと考える方もいらっしゃるでしょう。間違った言葉遣いも、長い年月の間には正しい日本語として認知されることもあります。それでも私たちは、言葉を使って人と思いを交わす以上、言葉を正しく学んで使おうする姿勢は大切ではないでしょうか。言葉を大切にすることは、人を大切にすることに繋がっているのだと思います。
言葉は使い方を間違えると、相手を不快にしたり、心を傷つけるものにもなります。意味が伝わればよい、間違いに気づかなければよいという考え方は、人を大切にする心を形に示すというマナー本来の考え方とは大きく外れるものです。ビジネスマナーを学び、実践しようする姿勢には、お客さまや社内の仲間、仕事で関わるすべての人に対する感謝の思いがにじみ出るものです。
私が出会った素晴らしい経営者の方々、各界で活躍する方々は皆、関わる相手に心地よさを与え、さりげなくビジネスマナーの本質を体現されている方々でした。周りへの温かな気遣いや、さりげない配慮、その場を包み込むひと言や表情。この人のためにと思わせるその存在感が、人を魅了し、人を動かすのでしょう。そんな方々に教えていただいたマナーの本質を日々実践し、人と人がより良い関係を築きながら働くためのお手伝いをしていきたいと思います。