(弊社所属のコンサルタントによる長編コラム「KC文集2025」掲載記事)
1.2025年はさらに金利上昇へ
・収まらないインフレ
2024年に日銀はそれまでのマイナス金利政策を解除し、同年7月に政策金利(コール翌日物金利)を上限0.25%まで上昇させました。それにともない、普通預金金利などの短期金利が上昇するとともに、長期金利も上昇、10年物国債利回りも1.2%程度まで上昇しています。
そして、2025年は日本ではさらなる金利の上昇が予想されます。一つの理由は、インフレ率が2%台半ばから後半でなかなか落ちないことです。
コロナからの経済復活やウクライナ戦争による資源高で、2023年初には4%を超えるまでに上昇した日本のインフレ率ですが、その後、やや下降したものの、2024年11月で2.7%となっています。
一方、国内では大きな人手不足となっています。これもインフレ要因です。
これは、名目国内総生産がコロナ前の約555兆円程度から、現状では610兆円まで伸びたことが大きな要因です。
名目国内総生産は、国内で作り出される企業などの付加価値の合計ですが、各社の付加価値の合計は、最終製品などの売上高に一致します。つまり、コロナ前と比べて売上高が1割程度伸びているわけですから、その分、製造、運送、サービスなどで当然のように人手不足が起きます。それにより、賃金の上昇が続き、それがまたインフレを長引かせているのです。
さらには、円安があり、輸入物価が上昇しやすく、また、訪日外国人の数が2024年は過去最高だったコロナ前の2019年の3188万人を抜く状況となっており、これもモノの値段を上げる要因です。
そういうことが相まって、インフレ率が下がりにくい状況となっています。
・インフレで預貯金の価値が下落
こうしてインフレが続く状況ですが、インフレにはもう一つの側面があります。金融に関し国民の財産が棄損しているのです。
普通預金の金利は上がったと言ってもようやく0.1%程度です。優遇金利でも0.1%程度上乗せされているだけです。
インフレ率を2.5%だとすると、これは、1万円のものが1年後には12500円となるということですが、逆に言えば、今の1万円の価値が1年後にはそれだけ落ちるということを意味しています。
現状約2100兆円の個人金融資産のうち1100兆円が現預金です。そのうち約1000兆円が預貯金ですが、毎年2%以上、実質的に損が出ている計算です。国民全体では20数兆円、価値が目減りしていることになります。
米国では、やはり2%台のインフレ率に対して、現状、3ヶ月物などの短期金利は4%程度ですから、預金で持っていても損はしません。しかし、日本では、大幅な損失が国民全体で出ているのです。
・中立金利を目指す日銀
こうした状況を日銀は当然見過ごすことはできませんから、日銀は金利をさらに上げることを考えています。(日銀は「金融正常化」という言い方をしています。)具体的には「中立金利」を目指していると考えられます。
中立金利とは、景気を過熱も冷ましもしない金利です。日銀で金利などを決定する政策審議委員たちの発言からは、日銀が想定する中立金利は1%程度だと考えられます。(私は個人的にはもう少し日本の中立金利は高いと考えます。)
もちろん、現状上限0.25%の政策金利を一気に引き上げるのは副作用も大きいですが、日銀としては徐々に金利を上げることを考えていることは間違いないでしょう。今年の終わりには0・75%程度まで、来年には1%近くまで短期金利が上昇する可能性があります。
これにともない、長期金利も上昇するでしょう。
2.金利のある時代の経営
・金利のない時代に慣れ過ぎた経営
長い間低金利の時代が続きました。とくに2012年暮れに第2次安倍政権が登場し、アベノミクスが始まりまってからはそれが顕著となりました。その一環として、翌年4月からの黒田日銀総裁による「異次元緩和」で金利は低下、短期金利はほぼゼロの時代が長く続きました。それに付随して「イールドカーブ・コントロール」の名のもとに長期金利も異常に低く抑えこまれました。その状態が10年以上続いたのです。
そして、経営者の頭の中からは、「金利」という概念がどんどん消えていったように思います。
さらには、2020年にはじまった新型コロナウイルスの蔓延により、日本経済は大きく落ち込んだこともあり、多額の補助金とともに、いわゆる「ゼロ・ゼロ融資」により、さらに無利息の融資が膨らみました。
とにかく、生き残りのためには資金が必要でしたが、そこでも金利という概念はありませんでした。
こうして長らくの間、経営者の頭の中から金利が消えてしまっていたのです。
経営セミナーで会計や財務をお教えする際には、以前は、「インタレスト・カバレッジ・レシオ(営業利益が金利の何倍あるか)」や「デット・エクイティ・レシオ(有利子負債が自己資本の何倍あるか)」などを結構丹念に説明していましたが、ここ10年ほどは説明をそれほどしていません。また、「営業利益」と「経常利益」の差についても経営コンサルタントの私でも説明が簡単になっていると感じるほどでした。
それくらい、経営者のみならず、経営を教えるコンサルタントの私も金利に対する考えが薄くなっていたのです。
私は、1981年に東京銀行の銀行員になったのですが、最初は預金債券課のカウンターでお客さまの相手をする業務でした。
その時に販売していた1年物の定期預金金利は5%程度、3年物の債券の年利は7%くらいでした。もちろん、借入金利はそれよりも高かったのです。現状の日本ではそこまで金利は上昇するとは思いませんが、金利のある時代に戻りつつあることは間違いなく、それを前提とした経営が必要になるのです。
この文章の最後でも述べますが、金利上昇により、利益率の向上を有利子負債の多い企業は目指さざるをえなくなります。そのために商品やサービスのレベルを上げたり、生産性の向上に躍起になるため、有利子負債がさほど多くない企業も含めて一時的に競争が激化すると考えられます。
また、それでも利子負担等が増加したり、有利子負債の多い企業では商品やサービス開発や生産性向上のための投資がそうでない企業ほどできないこともあり、企業の倒産やM&Aなどでの淘汰が進むことも考えられます。
これらのことを踏まえながら、どういう経営が必要かを説明していきます。
3.損益計算書の見直し
・利益率の向上を
もちろん、金利上昇に備え最初に考えるべきことは利益率の向上です。これは別に金利上昇とは関係なく、すべての企業で常に考えていなければならないことですが、とくに有利子負債の多い企業では喫緊の課題となります。
利益率を高めるためには、損益計算書の構造を考えると、考え方がすっきりします。
損益計算書は、売上高から売上原価を引いて売上総利益を算出します。そこから販売費および一般管理費(販管費)を引いて営業利益を計算し、さらにそこから受取金利、受取配当金、さらには支払金利などを調整して経常利益が算出されます。
金利が上がるということは、預貯金がある場合には受取金利が増え、借入金などの有利子負債がある場合には支払利息が増えるということです。
この際、有利子負債が多い企業では、支払利息が増え、経常利益額を減少させることになります。もし、皆さんの会社で支払利息の金利が1%上昇したとすると、経常利益がいくらになるかを計算していてください。(預金金利は借入金利ほどには上昇しません。)
そうした場合、有利子負債の多い企業では、経常利益が大幅に減少する、場合によっては営業利益が出ていても経常利益は赤字ということにもなりかねません。
そうすると、もう少し上のほうから損益計算書を見て、その解決策を考えなければなりません。もちろん、有利子負債が少ない企業でも同じことは常に考えていなければなりませんが、有利子負債が多い企業では金利上昇局面においては、とくにこのことを考える必要があります。
まず、売上高を上げることですが、売上原価率(売上原価÷売上高)が変わらなければ、売上高増加分×(1-売上原価率)だけ売上総利益額が増加するということになります。
これでももちろん利益の向上にはなりますが、望ましいのは原価率も向上させることです。そのためには、製造業の場合なら、製造原価を見直す、つまり、製造にかかわる原材料費、人件費、その他の経費の見直しを再度徹底的に行うことです。
卸売業や小売業の場合は、仕入れコストを下げる努力が必要です。一度に大量に買うことによるボリュームディスカウントや、ある一定量以上に売ることによるリベートなどによっても、原価率を下げることは可能ですが、ボリュームディスカウントを得るために仕入れだけ増加させて販売数(=売上高)が増えなければ、一時的に原価率は下がっても、結局在庫が増えてしまうことになります。これでは、後に述べる貸借対照表の資産が膨らむこととなり、この分資金負担、ひいては金利負担がかかることにもなりかねません。また、不良在庫を抱えるリスクもあります。
販管費の見直しも当然必要です。売上原価以外の費用はおおむね販管費となりますが、多額の費用が出ている費目は言うに及ばす、経費の費目ひとつ一つを厳密に見直すことで、販管費の削減が可能となることも少なくありません。
とくに、接待交通費や会議費、広告宣伝費などは無駄に出費している場合も少なくありません。また、交通費や通信費なども比較的見直しやすい経費です。もちろんそれ以外の経費でも、丁寧に見直してみると、意外とムダが少なくないと感じるものです。
・利益率向上のためには、「マーケティング」と「イノベーション」
ここまで損益計算書の観点から利益率の向上を説明してきましたが、経営コンサルタントの大先輩の故・一倉定先生は、「経費はゼロ以下にはならない」と常々おっしゃっていました。
もちろん経費の削減も、強い体質の会社を作るためにはとても大事なことですが、やはり、お客さまや社会に貢献して売上高を伸ばすことです。そして、その際に、ピーター・ドラッカー先生が言うように「特有の使命を果たす」ことができれば、利益率も格段に向上させることが可能となります。
価格の上限は「お客さまから見た価値」という説明を私はよくしますが、お客さまから見て他社にはない特別の価値を出すことができれば、価格を上げることは可能となります。
その際には、QPS(Quality、Price、Service)の三つに分けて考えると分かりやすいです。それが「マーケティング」の根幹です。
まずQuality(Q)ですが、これは商品の品質や商品そのものです。ここで差別化できるのならそれに越したことはありません。そしてPrice(P)はいうまでもなく価格です。最後のService(S)ですが、これには少し説明がいります。運送業やコンサルティング業などのサービス業の場合は、サービスを提供してお金をいただきますが、お金をいただくサービスはすべてQに属します。一方、店員の愛想が良い、お店が近いなどの、お金を普段は支払わないものがSとなります。お客さまは、QPSの組み合わせで、自分にとって「相対的」にベストのものを知らず知らずのうちに選んでいるのです。
ここで「相対的」と書きましたが、QPSについて絶対的な基準を持っているお客さまは少なく、通常はライバル企業と比べて自分にとって最適なQPSを選んでいます。ですから、ライバルのQPSを素直に謙虚に常に詳細に観察し、それよりより良いQPSを提供するように心がけることが大切です。
さらには「イノベーション」です。ドラッカー先生は「新しい価値を創り出す」と説明していますが、画期的な商品・サービスのみならず、製造プロセスの大胆な見直し、営業体制の再構築、管理体制の簡素化など、会社の生み出す付加価値を大きく向上させることのできる改革はあるはずです。
現状ではある程度はうまくいっている会社もあると思いますが、今後の環境変化を考えた上で、さらには「GoodはGreatの敵」と考え、経営者はイノベーションの種を探すことが大切です。
・初期投資が大きい事業は戦略の見直しを
金利上昇にともないとくに注意が必要な事業構造があります。初期投資の多い業種です。大規模な小売店やホテル、製造業、病院などは、設備投資のために最初に多くの資金を必要とします。この場合、自己資金で賄える比率が高ければ問題はないのですが、借り入れに依存することも少なくありません。
借入金利に見合う利益が出ている場合には問題はありませんが、利ザヤの薄い取引をしている場合には、金利上昇により経常利益が大幅に減少、あるいは赤字になりこともあります。これまで以上に利ザヤの拡大に努めなければなりません。
また、投資の際の金利水準も十分に考えなければなりません。これまでは金利が低いという理由で変動金利の比率を多くした借入れも目立ちましたが、長期的に資金を回収する必要がある初期投資の大きい事業形態では、借入れの際に変動と固定の比率も十分に考慮し、長期的な金利負担や変動リスクも考える必要があります。
設備投資だけではありません。商品の仕入れなどを行う場合でも、借入金に依存することは少なくありません。その際にも、利ザヤが小さいビジネスでは、借入金利に利潤が食われてしまうことにならないように、利ザヤをこれまで以上に確保する必要があります。
生産性の向上も必要です。生産性の向上とは、一人当たりが生み出す付加価値額を増やすことですが、上で述べた経費の削減とともに、一人ずつのムダな作業やアイドルタイム、営業ルートの見直しなどが必要です。一人ずつの能力向上も欠かせないのは言うまでもありません。AIやロボットの活用なども視野に入れる必要があるでしょう。
・銀行の評価に注意
損益計算書の項目の最後に、銀行の評価にも注意が必要です。銀行は10段階などで各企業の評価をしています。借入れの多い企業はもともとランクはそれほど高くはありませんが、それでも利益が出ている場合には、銀行としても収益をあげられるので、ある程度の安全性が確保されていれば、そこそこの評価をしているものです。
ただし、赤字となると話は別です。銀行は預金者から集めた資金などを貸し出しているわけですが、その利ザヤは多くて数%程度、場合によっては0.25%やそれ以下という融資もあります。非常に利ザヤの薄いビジネスをしているわけです。
ですから、貸出しの安全性を最も重視しています。貸出先企業が利益が出ている間は、借入れの比較的多い企業でも安全性は比較的保たれていますが、赤字となると安全性が低下します。ましてや赤字が続くことになれば、銀行からの評価は格段に落ちます。
とくに金利上昇局面で、経常赤字、ひいては最終利益(純利益)が赤字となると、企業の評価が下がり、通常は、赤字が3期続くと、よほどの担保などがない限り、銀行は融資を引き揚げる可能性があります。
今では、中小企業でも社長の個人補償を取らないケースが増えていますが、金利上昇局面ではその分余計に審査や評価基準が厳しくなると考えたほうがいいでしょう。
4.貸借対照表の見直し
・在庫はキャッシュ
私が40年ほど前に米国のビジネススクールに通い始めた時、ファイナンスの最初の授業で先生が、「在庫はキャッシュ」と言ったことを今でもよく覚えています。その時は、会計にもそれほど詳しくなかったのですぐにはピンときませんでしたが、コンサルタントとして多くのお客さまを見るにしたがい、「在庫はキャッシュ」というのが身に染みて分かるようになりました。
貸借対照表で考えた場合、貸借対照表の左側、つまり資産に属する在庫が増えれば、その分、右側の負債か純資産を増やさなければ、その在庫を維持する資金が賄えません。短期の資産(流動資産)である在庫を賄うのは通常は、短期資金、つまり流動負債であることがほとんどです。
(在庫などを)買ったけれどもその代金を支払っていない買掛金で賄えれば、金利はかかりませんが、買掛金もサイト(期日)を通常はそんなに長くは認めてもらえません。ましてや、在庫が長く残る場合には、その分、資金負担がかかり、短期の借入金を増加させなければならないことも少なくありません。
その場合、これまでなら金利負担のことをそれほど考えず、資金繰りさえつけばそれで大丈夫と考える経営者も少なくなかったと思いますが、これからは金利のことも十分に考慮する必要があります。ましてや、先の損益計算書のところで述べたような利ザヤの薄い取引をしている場合にはなおさらです。
もちろん、資金負担がかかるのは在庫だけではありません。売掛金が多く滞留するような業種でも同様です。それでも買掛金が同額程度に出る業種なら良いのですが、医療や在宅介護のように、保険からの求償が1か月やそれ以上遅れるような業種では、資金負担と同様、金利負担にも今後は注意が必要になります。
・ROAの改善が急務・・・ROAが上がればROEも上がる
同様に、長期で使う資産にも当然、資金負担がかかります。自己資本で賄えれば問題はありませんが、自己資本比率の低い企業では、投資にはどうしても長期での借り入れや社債などでの資金調達が必要となります。これらの金利が今後は上昇する可能性が高いのです。
この場合、ROA(資産利益率)に注意する必要があります。これは、先ほど話した在庫や売掛金も含めてですが、資産全体には貸借対照表の右側での資金負担がかかっており、それに見合う資産からのリターン(利益)が必要なのです。
説明が煩雑になるので簡単に説明すると、純資産(自己資本)にも、「株主の期待利回り(=国債金利+アルファ)」の資金負担がかかっていると現在のファイナンス理論では考えられており、負債(有利子負債)と純資産ともに、資金調達のための資金負担がかかっていると考えなければなりません。
このことから、私は、お客さまには「5%程度のROAが必要」という説明をよくします。
一方、ROE(自己資本利益率)が重視されています。自己資本は株主が会社に預けているお金ですから、そのリターンを考えるのは、株主や経営者の視点からは当然のことです。
この際にROAを高める経営を心掛けることが大切です。なぜならROAが上がれば、同時にROEは上がるからです。逆は必ずしも真ではなく、負債を増やせば(自己資本比率を下げれば)同じ利益が出ていてもROEは上がりますが、この場合はROAは上がらず、むしろ下がる可能性があります。
もともと正しい考え方はROAを高めてROEを上げるということなのですが、金利が上昇すれば、これまで以上にROAを意識せざるをえなくなり、ROAを高めてROEを上げるという望ましい経営に近づくものと考えられます。
その場合、資産の圧縮を進めることが必要になるでしょう。利益を生まない遊休資産などは売却されることが増えると考えられます。損益計算書のところで、経費の費目ごとのチェックが必要と説明しましたが、資産の中身についても、ROAを高めるという観点からさらなる吟味が必要になります。
5.キャッシュ・フロー計算書の見直し
・営業、投資、財務キャッシュ・フローをそれぞれ考える
中小企業の経営者だとキャッシュ・フロー計算書を見る機会は少ないかもしれませんが、読み方はそれほど難しくなく、会社の財務的な側面がよくわかる便利な財務諸表です。
キャッシュ・フロー計算書は「営業キャッシュ・フロー」「投資キャッシュ・フロー」そして「財務キャッシュ・フロー」の3つのセクションに分かれています。
営業キャッシュ・フローは、通常のオペレーションでどれくらいのキャッシュ・フローを生んだか、なくしたかを表しています。通常は、営業キャッシュ・フローはプラスでなければなりません。基本的に会社としてキャッシュ・フローを得るのは、営業キャッシュ・フローだからです。
営業キャッシュ・フローを増加させる根幹は利益です。利益を増加させることがキャッシュ・フローを良くすることは直感的に分かります。しかし、それだけではありません。貸借対照表のところでも述べたことと関係しますが、売掛金や在庫が増加するとその分、営業キャッシュ・フローは悪化します。逆に、売掛金や在庫の減少、買掛金の増加などは営業キャッシュ・フローを改善します。
営業キャッシュ・フローがどれくらい効率的に稼げているかを測る指標に「キャッシュ・フローマージン」があります。これは「営業キャッシュ・フロー÷売上高」で計算されます。私の経験からは、このキャッシュ・フローマージンが7%以上あれば優良だと考えています。
次に投資キャッシュ・フローですが、こちらはこれまでに説明したように、投資の利益率を十分に考慮に入れる必要があります。ROIC(Return on invested capital;投下資本利益率)を考えての投資です。十分なリターンを生んでいない投資は、それを回収することも考える必要があります。
財務キャッシュ・フローでは、資金繰りの心配がなければ、借入金の返済を考えることです。有利子負債を抱えれば抱えるほど金利負担が増えるのですから、営業キャッシュ・フローで稼いだ資金や投資を回収した資金で、借入れを返済することが大切です。
しかし、この場合、手元流動性を十分に確保することを優先しないと、借入れを返したことで、逆に資金繰りがしんどくなり倒産ということにもなりかねませんから、第一優先順位は手元流動性の確保ということを十分に認識したうえで、それが確保できていれば借入金を返済するということになります。
いずれにしても、キャッシュ・フロー経営の根幹は「稼ぐと使う」です。営業キャッシュ・フローを十分(キャッシュフローマージンで7%以上)に稼ぐ、そしてそれを収益力の高い投資(投資キャッシュ・フロー)、ならびに財務改善と株主還元(財務キャッシュ・フロー)で使うということです。
6.これからの企業経営
・競争の激化
ここまで金利が正常化(上昇)することが経営に与える影響やその対応策を述べてきました。最後に、この先にどういうことが起こるかを考えてみます。
これまでの説明でお分かりいただいたように、金利上昇分の利益を確保するために、有利子負債の多い企業は値上げや生産性の向上にこれまで以上に努めなければなりません。そのためには、先に説明したように「マーケティング」と「イノベーション」にこれまで以上に注力することとなります。
そうすると、さらにより良いQPS、つまり商品やサービスを社会に提供することとなりますから、有利子負債がそれほど多くない企業も、さらにより良い商品やサービスを提供する必要に迫られます。このこと自体は社会全体からは好ましいことですが、企業から見れば、これまで以上に商品やサービスでの競争が激化することとなります。
商品やサービスの開発力がない企業にはより厳しい時代となります。また、有利子負債の多い企業では、商品開発や生産性向上などのために投資する資金もこれまで以上に厳しくなるため、有利子負債の少ない企業に比べて競争上不利になることも考えられます。
・淘汰が始まる
競争が激化する一方、競争についていけなくなる企業も増えるでしょう。
そして、商品・サービスでの競争だけでなく、有利子負債の多い企業ではその利払いの増加で財務内容が悪化する企業も増加し、中には事業の継続が危うい企業も出てくると思います。
そうした中、救済的なM&Aも増加すると考えられます。一方で、資金繰りに窮して倒産する企業も増えると考えられ、リスクの高い企業に対しての売掛金などの与信にはこれまで以上に注意が必要となります。そのことが与信を得られない企業の淘汰をさらに進めることとなり、M&Aや倒産が増加する要因となるでしょう。
そうなれば、中長期的には企業数が減少し、現状の供給過剰も解消することとなり適正な競争に戻るときが来るでしょう。
その過程で倒産する企業も出ざるを得ず、そのため、金融機関の不良債権も増加し、それがさらに財務内容の悪い会社への融資が絞り込まれさらに倒産が増加するという悪循環が起こる可能性があります。その過程で財務内容が良くない銀行の淘汰も進む可能性があります。
そういう状態がしばらく続くと考えられます。本質的には、「お客さま第一」の経営が求められることはこれまでと同じですが、金利上昇によりこれまで以上に精度の高い経営が求められるようになることは間違いないでしょう。
(本書の内容は、この春にビジネス社から出版する予定です。)
小宮 一慶