(弊社所属のコンサルタントによる長編コラム「KC文集2025」掲載記事)
私は経営コンサルタントとして、日々の業務や考察をブログサイト「note(増田賢作/歴史通の経営コンサルタント)」を通じて発信しています。本書では、2024年に掲載した記事の中から、経営やビジネスの実務においてご参考いただける内容を厳選し、ご紹介いたします。
記事の内容をより分かりやすくお伝えするため、以下の章立てを設けました。これらは、私自身が日々のコンサルティング活動の中で重視しているテーマでもあります。
【学びを活かす】
(古典からの学び)
(外部からの学び)
(競合からの学び)
【戦略を考える】
(付加価値を高める)
(目的を押さえる)
(どのように事業を再生するか)
【PDCAを回していく】
(チャレンジする)
(組織文化を変える)
なお、本文集に掲載するにあたり、noteに実際に掲載している記事から編集等をしておりますので、その点はご了解ください。
【学びを活かす】
(古典からの学び)
■『孫子』の教えをいかにビジネスに活かすか(24年12月8日)
先週、70代の現役社長であり、「よい会社」を長年築き上げてきた方にインタビューをする機会がありました。その中で、多くの示唆に富むお話を伺いましたが、特に印象深かったエピソードをご紹介します。
その社長は、若いころにある経営コンサルタントから「孫子」の教えを経営に応用することを学んだそうです。そのなかで、次のようなアドバイスを受けたと言います。
「『孫子』には、たとえ巨大な相手でも、その一部分に集中して攻撃すれば撃破できる、という教えがあります。この考え方を応用すれば、中小企業でも一部分に集中して戦うことで勝機を見出せるのです。」
この言葉が示すのは、「孫子」の中でも有名な「各個撃破」の戦略です。つまり、小規模な力でも大規模な相手の一部分に集中することで勝利を収められる、という教えです。
インタビューでは、同社の商品や取引先についてもお伺いました。その結果、社長の経営スタイルがこの教えに深く根ざしていることがよく分かりました。同社では、特定の商品や取引先に的を絞り、品質や対応力を徹底的に磨き上げています。その集中と徹底によって、現在では非常に高い収益性を実現しているのです。
「孫子」の教えがビジネスに応用できるという話はよく耳にします。例えば、「各個撃破」の他にも、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」といった有名な教えがあります。これらは一見するとシンプルな内容に思えます。しかし、実際にこのシンプルな教えを徹底して実践に落とし込むことは難しいことです。言葉の理解と、それを行動に移すことは全く別の次元の話だからです。
では、この教えを実践に落とし込むための特効薬は存在するのでしょうか。おそらくそのような万能な方法はないでしょう。重要なのは、学びを振り返り、その学びが実際の取り組みにどのように活きているのかを常に意識し続けることだと感じます。
(外部からの学び)
■創業期や変革期は外部から積極的に学ぶのに、なぜそれが続かないのか(24年5月6日)
企業のコンサルティングをさせていただく際、私はまず、その企業の歴史をできる限り丁寧にお聞きするようにしています。その中で、特に創業期や変革期に共通するストーリーがあります。それは、外部からの支援やアドバイスを受けて新商品を開発したり、新事業を立ち上げたりしているという点です。
例えば、外部の専門家から新商品に関する知見や技術を教わり、その結果生み出された商品が「現在の主力商品」となっているケース。また、新しいビジネスモデルを外部から紹介され、それを基に新規事業を立ち上げ、今では主力事業となっているケースも少なくありません。
しかし、創業期や変革期に外部からの支援を受けて成長していた企業も、その後はこのストーリーが途切れることが少なくありません。つまり、安定期に入ると外部の支援やアドバイスを活用する姿勢が見られなくなるのです。その背景には以下のような要因があると考えられます。
1.状況維持が優先される
安定期には、まず現在の状況を維持することが目的となりがちです。このため、外部の新しい提案や助言は、場合によっては「ノイズ」として扱われてしまうこともあります。
2.予測可能性への依存
状況維持のためには、社内での対応のほうが予測可能でリスクが少ないと考えられるため、外部の声に耳を傾ける機会が減っていきます。
こうして外部からの声を取り入れる機会が減少し、やがて環境の変化によって事業が行き詰まるという事態が発生します。その際、外部の助言に再び耳を傾けるかどうかは、最終的には経営者次第と言えるでしょう。
では、こうした状況をどのように回避すればよいのでしょうか。残念ながら、即効性のある特効薬のような解決策は存在しません。しかし、以下の2つの基本姿勢を持ち続けることが重要です。
1.「現状に満足せず、高い志を持つ」
お客様により良い商品やサービスを提供し、社員がさらに幸せになれる環境を真剣に考えるならば、現状を維持することに安住することはないはずです。その思いが、新しい商品や事業を追求する原動力となります。
2.「学ぶ姿勢を持ち続ける」
自分が全てを知っている、または自分が正しいという前提を捨て、外部により良いものがある可能性を認識し、それを取り入れる姿勢を持ち続けることが大切です。
歴史を振り返れば、外部から積極的に学びを取り入れた国や組織は繁栄し、逆に外部からの学びを拒絶した国や組織は衰退しています。この教訓は国に限らず、企業経営にも当てはまります。外部から学ぶ姿勢を持ち続けることこそ、企業の成長と変革を支える鍵と言えるでしょう。
(競合からの学び)
■「己を知り、敵を知れば百戦危うからず」 「敵を知る」はできていますか?(25年1月4日)
コンサルティングの現場で、経営計画を策定するためにお客様企業と外部環境を検討する機会があります。その中でよく感じるのが、「競合企業」について十分に理解されていないケースが少なくないということです。
競合の名前は挙がるものの、その特徴や強み・弱みについて具体的に話されることは多くありません。時には「競合の問題点」をあげることに終始し、「当社はそれよりも良い事業を行っている」という自己評価で満足されていることもあります。
さすがにこのような場合、「競合企業も何かしらの強みを持って市場から支持されているのです。その強みを知ることは、差別化のために必要な視点です。」とお伝えすることがあります。
孫子の言葉に「己を知り、敵を知れば百戦危うからず」は有名ですが、これでは「敵を知る」という状態に達しているとは言いがたい状況です。なぜそのような状況に陥るのでしょうか?
1つの要因として、商品やサービスの特質によって競合の動向が分かりにくいことが挙げられます。特に法人向け商材ではその傾向が強いように感じます。一方で、消費者向け商材は自分でも購入・体験できるため、競合を知る機会が多いと言えます。
とはいえ、最大の要因は「経営者や経営幹部の競合を知ろうとする意識」にあると感じます。業績が良い企業の経営者にヒアリングを行うと、競合について非常に詳しく理解されているケースが多々あります。競合の強みも弱みも把握し、それを踏まえた上で自社の差別化戦略を構築されています。
これらの経営者が特別な手法を使っているわけではありません。お得意先や業界誌、業界の集まりなどを活用し、地道に情報収集を行っています。その背景にあるのは、「自社の成長のために競合を知りたい」「学びたい」という謙虚さと知的好奇心です。
国内市場は人口減少に伴い、競争がますます激しくなると予測されています。その中で「百戦危うからず」を実現するためには、「敵を知る」ことがますます重要になるでしょう。
2025年のテーマとして「競合を知る」を掲げ、自社の未来に向けた差別化を考えてみてはいかがでしょうか?
■自社の強みを絶対視せず、競合の良さを取り込む姿勢を(24年4月19日)
経営戦略を検討する場面で、次のような議論に出会うことがあります。たとえば、対人営業が中心の会社が、EC通販の会社とどのように差別化を図るかを考える場面です。よくある方向性として、EC通販はコストやスピードの面で優れているものの、個別のお客様の状況を踏まえたアドバイスができない。一方で、自社は人間が対応し、人間関係を構築しながら状況に応じたアドバイスが可能である、という点を差別化のポイントとするものです。この方向性自体には特に問題はありません。
しかし、将来の競合の進化を想定したときに、少し問題を感じることがあります。それは、EC通販の会社がAIを活用して個別アドバイスを行うようになったとしても、自社は人間によるアドバイスで差別化を図る、と決め込んでしまうケースです。
思わず、「対人営業であっても、営業パーソンがAIを活用することで、アドバイスの質が高まり、さらに人間関係の構築力を加えれば、お客様により大きな満足を提供できるのではないですか?」とお話しすると、驚かれることがあります。「自社でAIを活用するという発想はありませんでした」という反応が返ってくることも少なくありません。
競合の取り組みが自社にも有益であるなら、それを積極的に取り込むべきです。自社の強みに競合の取り組みを加えることで、結果的に競合との差別化をさらに強固なものにすることが可能です。本事例のように、EC通販の会社は豊富なデータを持ち、それをAI活用に生かしやすい一方、対人営業の会社はデータの整理や活用が遅れていることが課題となる場合もあります。しかし、これは経営者の意思によってデータ化を推進し、解決すべき問題です。
最大の危険は、自社が持つ強みを絶対視することです。これにより、競合の優れた取り組みや、自社の強みを上回る競合の特徴を軽視し、取り入れようとしなくなるリスクがあります。歴史からも学べるように、太平洋戦争時、日本は「精神力」を絶対視し、物量や火力兵器の進歩を軽視しました。その結果、国家破滅の淵に立たされることになりました。このような過ちを繰り返してはなりません。
自社の強みは確かに差別化の一助となることがありますが、それを過信してはなりません。競合がそれを上回る手段を生み出すことで、強みが無力化する可能性もあるのです。そのため、競合の取り組みに注意を払い、有益なものは自社に取り込む柔軟性が必要です。
松下幸之助氏が説いた「素直と謙虚」の精神を持つことが、このような柔軟性を生む基盤となります。他社や競合の良さを認め、それを取り込む姿勢が、長期的な競争優位を築く鍵と言えるでしょう。
【戦略を考える】
(付加価値を高める)
■価値を高めるためには「手間暇」を惜しんではいけない(24年11月23日)
少し前のことですが、財務調査の現場で、とある経営者の方にヒアリングを行った際のことです。この会社は売上が順調に伸びており、利益も着実に増加していました。その理由は複数挙げられますが、特に印象的だったのは、社長が語った以下のお話でした。
「私は50年前、父から会社を引き継いだ際、『これからはxxに注力しろ』と助言されました。その理由は、『xxは手間暇がかかるため、他社はあまり取り組まないからだ。他社が手を出さない分野であれば、生き残る道が開ける』というものでした。それ以来、xxに集中して取り組んできました。現在でもxxを手がけている会社は少なく、競争相手が限られています。そのおかげで価格競争に巻き込まれることがなく、こちらが提示する価格を受け入れてもらいやすい。これが、粗利の高さにつながっているのです。」
この話を伺いながら、私は経営の本質に触れた思いがしました。安易に取り組める仕事は、多くの会社が参入しやすく、結果的に価格競争が激化し、利益率が低下します。一方で、手間暇のかかる仕事は、参入障壁が高いため競争が少なく、利益を確保しやすい。この論理は極めてシンプルですが、実際には人はつい安易な道を選びがちです。さまざまな理由をつけて、手間暇のかかる仕事を避けてしまうのです。
ここで言う「手間暇」とは、単に時間や手数がかかるだけではありません。工夫や細やかな注意が求められる場合も含まれます。いずれにしても、安易な仕事よりも覚悟を持って挑む姿勢が必要です。
経営計画を立てる際、現状よりも高い付加価値を実現するためには、こうした「手間暇のかかる仕事」に取り組む必要性を痛感する場面が少なくありません。そして、その挑戦を引き受けられるかどうかは、経営者自身の覚悟にかかっているのではないでしょうか。
■高い生産性のカギは「付加価値を生み出していない時間」(24年10月19日)
日本の生産性が低いことは、長年指摘されている問題です。OECD加盟国38か国中、日本の労働生産性は31位と、下位に位置しています。労働生産性とは、一人あたりが生み出す付加価値(概ね粗利に相当)を指し、一人あたりの付加価値が低いということは、時間あたりの付加価値も低いことを意味します。そのため、「時間あたりの付加価値を高める必要がある」という議論がよくなされます。
確かにその通りなのですが、私は時間あたりの付加価値を高めるカギは、「付加価値を生み出している時間」だけに注目するのではなく、「付加価値を生み出していない時間」をいかに確保し、それを有効活用できるかにあると考えます。
高付加価値な製品やサービスを考案し、開発する時間は、すべて「付加価値を生み出していない時間」です。例えば、Googleそのものを開発する時間もまた「付加価値を生み出していない時間」に該当します。しかし、その時間の中でイノベーションを生み出したからこそ、製品やサービスを提供する段階(つまり「付加価値を生み出している時間」)で高い付加価値を実現できたのです。
大企業はリソースに余裕があるため、このような時間を確保しやすいですが、中堅・中小企業ではすべての時間を「付加価値を生み出している時間」に充てざるを得ないケースが少なくありません。しかし、その中でも工夫を重ね、業務時間外や限られた時間を活用して新規商品やサービスの開発に取り組み、それが高付加価値につながった事例は多く見られます。大企業に成長した企業の歴史を紐解くと、こうした努力の積み重ねが成功に結びついたストーリーを多く発見できますし、現代のベンチャー企業にも同様の事例が多数存在します。
一方で、昨今の「働き方改革」や働き方の意識の変化によって、このような「付加価値を生み出していない時間」を確保することが難しくなっているのも事実です。これに対して、経営者としてどのように対応していくかが、今後の大きな課題であると感じています。
(目的を押さえる)
■何を目的とするかで、同じお題目でもやるべきことは違ってくる(24年12月21日)
野中郁次郎先生らによるベストセラー『失敗の本質』は、多くの方に読まれている名著ですが、実はその続編や姉妹本として位置づけられる書籍がいくつかあります。その中の一冊に、私の愛読書でもある『戦略の本質』があります。
この本も『失敗の本質』と同様、戦史から現代のビジネスにつながる本質を抽出しようとしています。本書の重要なテーマの一つは、「目的が何であるか」を常に確認することの重要性です。戦略であれ、戦術であれ、目的が異なれば取り組むべき内容も変わってくる、という点を強調しています。
私も企業様のご支援をする際に、「目的が何であるか」を常に問いかけ、確認することを大切にしています。例えば、多能工化を進める場合、一見同じ取り組みに思える多能工化でも、目的によってやるべきことは大きく異なります。
「社員の稼働率を高めたい」という目的であれば、業務間の繁閑のタイミングを確認し、閑散期の業務を忙しい業務で補えるように多能工化を進めるべきです。この場合、特定の業務に絞るのではなく、幅広い業務をカバーできる体制が求められます。
「特定工程がボトルネックとなり、出荷が遅れている」という場合には、その特定工程を担える人を増やし、ボトルネックを解消することが重要です。この場合、目的に応じて特定工程に特化した多能工化が必要です。
「お客様接点の業務が手薄で、お客様に迷惑をかけている」という場合は、お客様接点の業務を担える人を増やし、顧客満足度を高めることが目標になります。この場合は、顧客対応に特化したスキルを持つ人材の育成が鍵となります。
一言で「多能工化」と言っても、目的によってやるべきことはここまで異なります。目的を明確にせずに多能工化を進めてしまうと、「期待していた効果が得られない」という結果に陥りかねません。
何かに取り組む際には、「これはどういう目的で、何を実現したいのか」を常に自問自答することが重要です。この問いを持ち続けることで、取り組みが具体性を持ち、成果を得やすくなるでしょう。
(どのように事業を再生するか)
■三陽商会さんの事業再生に学ぶべきこと(24年7月13日)
本日(7月13日)の日本経済新聞朝刊「記者の目 三陽商会、脱『バーバリー』成果 前期3期連続最終黒字 売れ筋集中、粗利益率向上」を読み、事業再生の模範的な事例として非常に興味深く感じました。その後、三陽商会さんの「2024年2月期決算説明資料」も確認し、さらに理解を深めました。
ご存知の方も多いかもしれませんが、三陽商会さんは2015年に英高級ブランド「バーバリー」とのライセンス契約が終了したのち、売上が低迷しました。過剰在庫をセールで処分するなどの状況に追い込まれ、2016年12月期から5期連続で赤字を計上。2019年12月期には売上が757億円、営業赤字が29億円という厳しい状況でした。
この危機を打開すべく、2021年2月期から事業構造改革に着手します。その内容は、売上至上主義で膨らみがちだった仕入れを見直し、売れ筋商品に絞り込むこと、さらに売上を約6割まで削減する決断を伴うものでした。この際、不採算店舗の閉鎖や人員削減も行われたと考えられます。この改革に伴い、2021年2月期には構造改革費用もかさみ、営業赤字は89億円に拡大しました。
しかし、その翌年から売上が反転し、利益も急速に改善。2023年2月期には売上582億円、営業利益22億円を達成し、2024年2月期には売上613億円、営業利益30億円とさらに改善を遂げました。注目すべきは、売上が2019年12月期の水準を下回る中で、黒字化を実現している点です。
この成功の背景には、在庫回転の速い売れ筋商品の絞り込みとともに、店舗や人員の効率化が進められたことが挙げられます。これにより、店舗や人員あたりの粗利が増加し、固定費を差し引いた営業利益が出やすい構造を作り上げたのです。事業再生計画の支援経験がある私としても、ここまでの成果を上げたことに感銘を受けました。これには、2020年からトップを務める大江社長の強いリーダーシップが大きく寄与しているのでしょう。
今後の課題については、日経の記事や決算説明資料にもある通り、さらなる付加価値向上への取り組みが鍵となるでしょう。ライセンスビジネスから自社ブランドへの移行や、オンライン販売の強化が進められています。黒字化が実現した今こそ、こうした施策を徹底し、新たな成長につなげることが求められる時期です。
バーバリーのライセンス契約が終了した当初、三陽商会さんの復活は難しいという論調が多かったことを思い出します。しかし、ここまでの回復を成し遂げたことは、企業経営がいかにトップの戦略とリーダーシップに左右されるかを改めて学ばせてくれます。
【PDCAを回していく】
(チャレンジする)
■挑戦なきところに新しい成果は生まれない(24年10月12日)
新しいことに挑戦し、成果を出せたとき、まるで「幸運」に恵まれたかのように感じることがあります。その幸運がなければ、成果を得られなかったと考えることもあるでしょう。しかし、そもそも「挑戦」という行動がなければ、その幸運を呼び込むこと自体が「絶対に」なかったのです。
先日、ある企業の社長から興味深いお話を伺いました。その企業では長年、既存顧客に依存してきたビジネスモデルを見直し、新規顧客開拓に挑戦されました。その結果、想定を超える成果が出始めたというのです。社長も、その中には偶然の出会いがきっかけとなったケースがあることを認めておられました。
ただし、偶然だけではありません。同社は事前にターゲットとなる顧客像を明確にし、その顧客に評価される「強み」を確立していました。しかし、重要なのは、いくら強みを持っていても、挑戦しなければその強みが活かされる場面は訪れなかったという点です。
「挑戦なきところに新しい成果は生まれない」――この言葉は経営者にとって、改めて心に刻むべきものではないでしょうか。
■好事例が活きる時、活きない時(24年11月9日)
今年度、とある企業様で経営計画に基づく取組みの実施状況を確認するため、各拠点に写真を撮影していただき、それを業務システム「kintone」(サイボウズ提供)にアップロードしてもらう取り組みを実施しました。このデータは経営側で確認するだけでなく、拠点間で共有できる仕組みを整えました。
このプロセスを通じて、とても興味深い現象が生まれました。他の拠点での取組み状況をkintone上で確認し、それを自拠点に取り入れる拠点長が現れたのです。しかも、単なる模倣にとどまらず、自拠点の状況に応じた工夫を加えたうえで実施しているのです。
進捗方法を一緒に検討させていただいた私としては、大変嬉しい現象でした。ただし、これはkintoneによる情報共有によって自動的に生まれたものではないと考えています。この現象の背景には、経営が拠点ごとの問題や課題に対して「ここが問題だ。この課題に取り組んでほしい」と何度も繰り返し伝えてきた努力があったからこそだと思います。
拠点長たちは、経営から繰り返し問題や課題を指摘される中で、「どうすれば解決できるか」という意識が自然と醸成されていきました。そのような状況下で、kintone上にアップされた他拠点の取組みを目にした際、「これを活用すれば、自拠点の問題や課題を解決できるのではないか」と考えるようになったのだと推察されます。
問題や課題について何度も伝えることは、経営にとって時にストレスフルな作業です。しかし、こうした繰り返しのコミュニケーションこそが、経営者として果たすべき重要な役割であると改めて実感しました。
(組織文化を変える)
■スピード感をもって実行したことを賞賛すべき(24年10月5日)
経営計画を立て、それをスピード感をもって実行した結果、成果が出ることもあれば、思うような成果が得られないこともあります。
しかし、たとえ成果が出なかったとしても、スピード感をもって実行したこと自体は賞賛すべきだと考えます。なぜなら、早い段階で成果が出ないと分かれば、迅速に方向転換ややり方の見直しが可能になるからです。
ここで注意が必要なのは、成果が出なかったことに過度にフォーカスし、実行した人を責めるような姿勢を取らないことです。そうした姿勢が続くと、誰もスピード感をもって行動しなくなり、結果的に企業全体の機動力が失われてしまいます。
これは、最近お伺いした企業でのマネージャーの行動を見て感じたことです。そのマネージャーは、スピード感をもって計画に取り組みました。その結果、現時点での課題が早期に明らかになり、今期中に改善策を講じることが可能になりました。また、その取り組みを基に、来期にはより洗練された計画を立てられる見込みです。
スピード感をもった実行は、それ自体が重要な価値を持っています。それを適切に評価し、次の成長につなげる姿勢を持つことが、経営者としての役割ではないでしょうか。
■議論が活発になる組織文化を育むために(24年7月6日)
企業のミーティングにおいて、発表者が発表を終えるだけで、それに対する提案や必要な確認、質問がほとんど出ない場面に遭遇することがあります。ミーティング中に「これはどうなっているのだろう」「こうした方が良いのではないか」とすぐに発言するタイプの私にとっては、そのような状況に違和感を覚えることが少なくありません。「なぜ、これほど質問や提案が少ないのか」と考えさせられるのです。
しかし、そうした状況が長く続く組織では、参加者にとってそれが「普通」となり、特におかしなことだとは思われなくなっていることもあります。その主な原因として以下の2点が考えられます。
1.組織文化として、活発な議論が行われる土壌を失っている
2.組織メンバーが発表を深掘りするスキルに課題がある
ここではあえて、1. 組織文化としての土壌の欠如に焦点を当てて考えます。なぜなら、この土壌があれば、スキルの問題が解決されれば議論は活発になりますが、土壌が欠けている場合、スキルが向上しても議論が活発化するとは限らないからです。むしろ、土壌がない中でスキルだけが高まれば、メンバーのフラストレーションが高まる可能性すらあります。
なぜ組織文化として、活発な議論が行われる土壌が失われてしまうのでしょうか。その理由はさまざまですが、主に以下が挙げられます:
・確認や提案が、発表者への否定と受け取られやすい風潮がある
・組織のトップがミーティングでの議論を好まず、受け入れない
こうした状況が長く続くと、「ミーティングは発表者が発表をするだけの場である」という認識が組織文化として根付いてしまいます。その結果、比較的若い世代であっても、ミーティングの在り方に問題提起されるまでは「ミーティングで質問や提案をしてもいいのだ」と考えもしないことがあります。
このような文化では、組織全体の知恵や経験が十分に活かされず、個別の取り組みが万全なものにならない可能性があります。
この状況を改善するためには、リーダー自身の姿勢と行動が重要です。具体的には以下の取り組みが有効です。
1.リーダー自らが発表に対して質問や提案を行う
2.他のメンバーにも確認や提案を促す
3.確認や提案は発表自体を否定するものではなく、より良くするための行動であると発表者に伝える
これらを繰り返すことで、「ミーティングで積極的に質問や提案を行う」という文化が徐々に形成されていくはずです。
日本の職場では、同調圧力に流れやすい文化的特性があります。そのため、議論を活発にする組織文化を維持するには、意識的な努力が必要です。リーダーが積極的に働きかけ、議論が自然に活発化する仕組みを整えることが、組織の成長にとって重要なポイントとなるでしょう。
増田 賢作