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スローな生産性

今週の「言葉」
2025.09.24

日本を代表するマーケターである神田昌典氏が、915日の日経MJ連載記事「未来にモテるマーケティング」(出典①)で紹介した言葉です。

この言葉は、2024年に米国でベストセラーとなったカル・ニューポート氏の著書のタイトル『Slow Productivity』に見られます。著者は、会議やメールの多さを成果と錯覚する〝疑似生産性〞を批判し、「ゆっくりと意味ある成果を積み重ねる働き方」こそ持続可能、常に速さを求められる現代の職場とは対照的に、長期的な価値を生むためには〝遅さ〞が不可欠だと論じています(出典①)。

神田氏は、この考え方と響き合う実例として、豆腐メーカーである相模屋食料株式会社の鳥越淳司社長の経営を紹介しています。同社は売上を10年で157億円から410億円に伸ばしましたが、その背景には単なる拡大路線ではなく、「スローな生産性」を体現した経営の思想が見てとれます。

相模屋は2012年以降、経営危機に陥った全国の豆腐メーカー12社を「救済型M&A」で再建しています。一般的にM&Aでは規模拡大や効率化の追求が叫ばれがちですが、同社が選んだのは逆の道でした。地域ごとに根付いた「地豆腐文化」をよみがえらせ、失われた職人技を取り戻すことに戦略の力点を置いた、としています(出典①)。

以前、月刊致知20249月号で鳥越淳司社長へのインタビュー記事(出典②)が掲載されました。同記事を読み返してみて、私なりにポイント2つ挙げてみます。ひとつは、職人さんが時間をかけてスローに蓄積した資産を大切にしていることです。鳥越氏は次のように語っています(出典②より一部抜粋)。

「潰れるとうふメーカーの現場に入ってみると、たいてい熟練のとうふ職人さんが端っこに追いやられて冷や飯を食わされているんです。そもそも、おとうふに関心のない人がトップに立っていることがすごく多いんです。長靴の靴底を見れば分かります。ほとんどすり減っていませんから(笑)。

彼らにとっては、とうふなんて白ければ何だってよくて、原価とかロス率とか、そういうことさえ分かっていれば経営ができると勘違いしている。「あなたはとうふ屋じゃなくて、数字屋なの?」って言いたくなりますよ(笑)。そんな人がたまに工場へ来て、ああしろ、こうしろと指示を出したって、誰も聞くわけがないですよね。

幸い私はおとうふづくりが身体に染みついていますから、隅に追いやられている職人さんたちのすごさがよく分かるんです。皆さんの仕事を見せてもらうと、「こんなつくり方もあるんですね!」「これ旨いじゃないですか!」と感動するものだから、気持ちが通じ合って対等に話ができるんです。」

同社において商品企画自体のスピードは速いようですが、こうした職人さんによるスローな資産、何より豆腐への想いを大切にされていることが、商品開発力の根っこになっているのがうかがえます。

2つ目は、自社のほうから市場に新しい価値を提案し、新たな購買層を切り開いていることです。

「ザクとうふ」(アニメに出てくるモビルスーツをかたどったとうふ)は、2012年に発売され、発売開始2か月余りで販売数が100万個を超えるヒット商品になりました。「ザクとうふ」では、これまでの豆腐の購買層ではなかった30代、40代の男性が売り場に殺到したと言います。

「おとうふというと木綿と絹がメインで、あとは油揚げ、厚揚げ、充填豆腐、よせ豆腐があって、それ以外はとうふじゃないという固定観念があったと思うんです。でもその固定観念を、このザクとうふが打ち砕いたわけです。

これを端緒に、当社は「ひとり鍋シリーズ」や「BEYOND TOFU(ビヨンドとうふ)」など、これまでの概念を覆すような新しい味や食感、食シーンの創出に挑戦して、おとうふの世界を広げてきました。」(出典②)

これまでにない、新しい価値を持った豆腐を創造することで、より幅広い年代の消費者に豆腐をアピールする。単身世帯の増加といった長期的な社会の動向に加え、コロナ禍などを経て現れた新たな消費文化という外部環境の変化に対し、同社の資産と想いによる商品開発が重なり合うことで、市場に新しい価値を提案してきたことが見てとれます。

「スローな生産性」とは、決して怠慢や非効率を意味するわけではありません。むしろ、拙速な結果主義に陥りがちな経営に対する警鐘で、意味と物語を大切にする経営への転換を促す概念なのだろうと考えられます。

藤本 正雄

 


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