経営における最大の課題は、戦略でも資金でもなく、伝わらないことです。理念があっても社員に届かない。方向性を示しても行動につながらない。この「伝わらない構造」を可視化したものが、集中経営でいう「四つの壁」です。すなわち【内容】【理解】【感情】【行動】という四層の壁を、どう突破するかが経営の本質です。
まず「内容の壁」は、会社として何を目指すかが曖昧な状態です。実は、多くの企業において最も根本的な課題は、伝える内容そのものが存在しないことです。理念やスローガンは掲げていても、経営者自身が「どこに向かうのか」「何を優先するのか」を言語化できていない。だからこそ、経営の8割は「方向付け」で決まると言われるのです。経営者が自らの軸を明確に持ち、「この会社は何を通じて社会に貢献するのか」を語れることが、最初の壁を越える鍵となります。
次に「理解の壁」は、理念が具体的な仕事の文脈に翻訳されていない状態です。経営者が語る理想を、社員が自分の行動に結びつけるには、言葉の橋渡しが必要です。たとえば「お客様のために」という抽象語を、「3日以内の対応率を上げる」「再来店率を1割伸ばす」といった具体行動に置き換えることで、理解は動きに変わります。
三つ目の「感情の壁」は、納得や信頼が不足している状態です。経営者の想いが正しくても、伝え方やタイミングを誤れば心は離れます。経営において感情とは、弱点ではなく推進力です。社員が「自分ごと」として感じられるようにするには、経営者自身の言葉の温度が問われます。
最後の「行動の壁」は、やるべきことが分かっていても動けない状態です。この壁を越えるのは、「仕組み」と「伴走」です。定例会や評価制度を“行動が続く構造”として設計し、同時に現場の声に寄り添いながら、動ける環境を整える。経営とは、やる気を出させることではなく、動ける仕組みを設計することです。
四つの壁を意識したコミュニケーションは、経営者が社員に語る技術ではなく、組織全体で伝わり合う構造を整える作法です。理念が浸透しないのは、人が悪いからではなく、構造が整っていないから。「伝える」ではなく「伝わる」経営へ――四つの壁を越えた先に、信頼と成果が同時に生まれます。
新宅 剛