松下幸之助さんの夢と門下生たちの総選挙 | コンサルタントコラム | 中堅・中小企業向け経営コンサルティングの小宮コンサルタンツ
loginKC会員専用お問い合わせ

コンサルタントコラム

ホームchevron_rightコンサルタントコラムchevron_right松下幸之助さんの夢と門下生たちの総選挙

松下幸之助さんの夢と門下生たちの総選挙

経営のヒント
2026.01.26

先週123日、高市総理大臣は衆議院を解散し、短期決戦の総選挙が行われることが決まった(7日公示—28日投開票)。一連の動きの中で公明党と立憲民主党は「中道改革連合」なる新党を立ち上げた。その共同代表たる野田氏と高市総理は松下幸之助さんの松下政経塾の同窓である。どちらも我が国の「平和・国民の幸福・繁栄」(PHP)のために政治生命をかけて真剣勝負をされると期待したい。

松下幸之助さんは代表的著書の一つ『実践経営哲学』の中で、「人間社会、人間の共同生活も物心両面にわたって限りなく発展」していくことを祈っていました。昨今の我が国の現状を観察するに、物心の「心」のほうは、自戒も込めてやや心許ないと私は感じています。松下幸之助さんが昭和51年(1976年)に我が国の30年後のありたい将来像を描いた『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』(PHP研究所)という書籍があります。

そこに描かれた日本の当時の状況は、驚くほど令和8年の現況に(例えばスタグフレーション等)酷似しています。松下さんが描いた「理想・夢」はどうか。令和8年の現状を観るに私たちは多くを実現できずにいるばかりか、衰微している感を禁じえません(因みに松下さんはこの書出版の2年前(昭和49年)に『崩れゆく日本をどう救うか』との書籍も出されています)。総選挙を目前にして門下生のお二人にこそ読んで頂きたい内容(日本の本来あるべき姿)です。

特に本書で示されている連続的な私たちの価値観=伝統として引用される仁徳天皇の「民の竈」の逸話が指導者の基本精神であることのくだりは、現在まさに原則として見直して欲しいものです。“仁徳天皇の「民の竈」”は日本書紀に描かれている逸話で、確か大阪市の歌にもなっていたと思います。わが国の政治・経済・社会・教育、そして私たち一人ひとりのあり方を見直すに多く資する内容が50年前の本書に示されています。本書の松下幸之助さんの言葉を一片だけここに共有します。

「何と申しましても今日、国家社会を支えているのは一人ひとりの国民です。ですから、日本の国をよりよくしていこうとねがうのであれば、お互い日本国民一人ひとりが社会のあり方や理想の姿というものについてともどもに意見を出し合い、お互いの知恵と力とをあわせていかなければならない。そういうお互いの積極的な努力が一つひとつつみ重ねられてはじめて、この国、この社会がよりよき姿において発展していくのではないか、またそこに民主主義社会の真価が発揮され、おのずと道がひらけていくのではないかと、このように思うからです。」

出典:松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』PHP研究所

この言葉は、当時の戦前の教育を受けていた時代の経営者であれば、同じことを理念や企業使命に掲げているケースが多いことを私は過去の長寿企業の理念研究から知りました。

外部環境、内部環境にも先人の艱難辛苦によってもたらされた学ぶべき恩恵としての原理原則が2つ存在します。その一つは松下幸之助さんがしばしば語る「生成発展」です。もう一つあります。それがすなわち四書五経の一つ『大学』で示される「修身・斉家・治国・平天下」という世界観としての思想であり、そしてこの思想は歴史が証明した平和な世を実現するための原則と言えるものです(戦前の教育を受けた方が創業した会社の多くの社是・理念にはこの思想を色濃く意識された内容が多いのです)。

平和を願うからこそ、人々は様々な議論を尽くしますが、平和(平天下)がもたらされるのは、一つ一つの国が治まっていること(治国)であり、その根源は国家社会の構成単位である家がととのっていること(斉家=国家社会の最小単位としての家がととのっていること)、現代でいえば「家」だけではなく多くの人々が所属している「会社」も含めてととのっていることと解釈できます。そしてさらにその根源は一人ひとりが我が身を修めていること(修身・修養)なのです。

例えばドラッカー先生はドラッカー経営大学院に於いて学生たちに「私が言いたいことは、国家として高等教育に力を入れていた国が100年後に大きな成功を収めているということだ。だから、私も若い君たちの教育に力を入れていきたい」と治国のためには身を修めること、組織がマネジメントを通じてととのっていることの重要性を述べています。そのための重要な活動として「教育」を挙げています(『明治1 変革を導いた人間力』NHK出版)。また「知識労働者」の時代には「仕事と組織に継続学習を組み込むことが必要である」と述べています(P.F.ドラッカー『ポスト資本主義社会』)。

「治国」とは、現代の国際政治学や地政学でいうところのバランス・オブ・パワー(力の均衡)のことと同義だと私は解釈しています。ウクライナを例にとると分かるように、力の均衡を崩し、国力を保てなくなると戦争リスクが高まります。そしてその治国は内部の腐敗(修身・斉家の衰微ないしは形骸化)から始まるのが常です。歴史的に俯瞰すれば、中国大陸が分かりやすい例でしょう。「新たな王朝中央集権内部政治の腐敗と民の困窮財政危機地方反乱政府弱体化隣接勢力の侵略新たな王朝」というサイクルを繰り返しています。中国4000年の歴史とは言いますが、この間に民族も激しく入れ替わり、現在の中華人民共和国は1949101日に毛沢東がその成立を宣言して以降のもので、歴史は非常に浅いのです。

2500年前の孔子の言行録『論語』がいまだに世界中の優れた指導者(リーダー)に学ばれ続けるのは、こうした歴史の真実があることも見逃せないでしょう。歴史とは人間によって繰り返されるのです。平和の根本は常に国民一人ひとりの「修身」にあるのです。会社であれば社員一人ひとりの修身、殊にその空気を生み出す各所のリーダーの“世の為人の為に誰よりも成長したい”と願い、学び続ける姿に企業の発展をみることになるのです。ドラッカー先生が人生を賭して世に生み出したマネジメントの体系も第二次世界大戦を目の当たりにしたことで二度とこの世に「全体主義」「独裁国家」を生まないためのものでした。

今回の選挙の隠れた?争点だと思っていますが、現代のモノが溢れ、物質的な価値が飽和状態を迎え、目に見えない価値を追求しようとする流れや、グローバル化(国際化)を背景に行き過ぎたグローバリズム(治国よりも国境を越えた経済活動の競争を是とする考え方)と保守主義(conservatism)による対立が生み出す変化の速度と激しさによる不透明感は今後もしばらく続くと思われます。

こうした時代にこそドラッカー先生が「転換期にあって重要なことは、変わらざるもの、すなわち基本と原則を確認することである」と言うように、普遍にして不変の考え方に立ち返ることが必要です。これまでどのような外部環境であろうが、柔軟かつ強靭(しなやか)に成長・発展を続ける偉大な企業は日本近代(明治のご一新)以降の160年の間にも存在しました。日清・日露戦争や昭和20年の敗戦など、今よりももっと激動の時代を乗り越えた企業が存在しているのです。

また我が国の歴史においては江戸時代の藩政改革事例、大店(おおだな)経営を加えれば、より長期的な実例を基にその成長・発展の共通点たる法則を探ることも可能です。直近の50年間という割と身近な例でいえば、『ビジョナリーカンパニー』にまとめられていますが、それらの強い企業の共通点は何か。短期ではなく数十年以上にわたる持続的成長を遂げている企業或いは組織にはある共通するものとは何か。それは特有の使命に基づいた行動習慣(行動規範=バリューとかウェイとされるもの)の蓄積によってもたらされている「独自の文化」が存在します。

このことを経営戦略論では「組織実行能力(Organizational Capability=OC)」として注目されてきました。そしてその注目される以前からドラッカー先生は「企業文化は戦略に勝る」“Culture eats strategy for breakfast.”という言葉を残しています。またそのドラッカー先生の教え子、世界最大級のアルミ・メーカー、アルコア社の中興の祖ポール・オニールは、次のように語っています。

「どのような会社でも、価値を生み出すのは人である。人は、理念と価値観によって動かされ、信じがたい成果を上げる」

出典:エリザベス・ハース・イーダスハイム『P.F.ドラッカー 理想企業を求めて』

今回の選挙も企業経営も、目先の利益だけではなく長期的な価値のために、いまいちど松下幸之助さんの夢に触れ、時代を超えて求められる原理原則、正しい考え方に立ち戻ることは後進のために価値あることと思います。

熊田 潤一


お問い合わせCONTACT US

コンサルティング、セミナー、KC会員についてなど、
お気軽にご相談ください。