(弊社所属のコンサルタントによる長編コラム「KC文集2023」掲載記事)
私はよく皆さんにお話するように、松下幸之助さんの『道をひらく』を東京にいるときは毎晩読んで寝るようにしています。もう30年が過ぎました。同じ本を150回以上読んだと思います。もちろん、それ以外の松下さんの本もたくさん読みました。今回は、松下幸之助さんの言葉を引用しながら、生き方や経営の本質をご説明したいと思います。
1.道
生きていく上で、生き方に迷うことが少なくないと思います。とくに、若いうちは「自分のこの生き方、職業でいいのかな」と迷うことがあると思います。そのときに、次の言葉は自分の生き方に自信や勇気を与えてくれるものです。
自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてくる。
『道をひらく』
松下さんは、小学校4年生(9歳)のときに、お母さんに見送られて和歌山から汽車に乗って大阪に丁稚奉公にでてきました。学歴に恵まれませんでした。
最初火鉢屋さんで働き、その後五代自転車店という大店の自転車屋さんで厳しい丁稚奉公をし、そこで商売の基本を学びました。その後、電気の時代が来るとにらんで電気関係の仕事に就いたのちに独立しました。
松下さんは、病弱でもありました。「寿命と病弱は違う」が口癖でした。20代で血のつながった兄弟やご両親全員を亡くされました。松下さんがそこからよく通ってくるから「松下病院」というのだと揶揄する人もいたほど、入院もされていました。
大成功をされましたが、苦労もとても多かったことは容易に想像がつきます。
「自分にしか歩めない道」と、ある意味達観し、ひたむきに歩み続けることが大切なのではないでしょうか。
私は運命論者です。33歳の銀行員をしていた時、出張のためにいたニューヨークからの、一日遅らせた帰りの飛行機便で隣り合わせになった人の小さな会社に転職した経験もあります。その後も、パーティーでたまたま知り合った人が紹介してくれた人の会社に転職したこともありました。
「この世に起きていることはすべて必然で必要、そしてベストのタイミングで起こる。」と松下さんはおっしゃいますが、その通りだと今ならそう思えます。
その後独立して多くの方と接してきましたが、それぞれの人は、自分の道、自分しか歩めない道を、危なげながらもしっかり歩いていると思います。覚悟を決めてしっかりと歩むことが大切です。
2.志・・・成功するまで続ける
生きていく上で生きがい、働きがいを持つことは大切です。そのためにも何かを成し遂げようとすることも必要です。周りの人や社会から評価されるということも、生きがいや働きがいになります。そのためにも、個人的には「志」、企業で言えば存在意義である「目的」がとても大切です。
何ごとによらず、志を立てて事を始めたら、少々うまくいかないとか、失敗したというようなことで簡単に諦めてしまってはいけないと思う。一度や二度の失敗でくじけたり諦めるというような心弱いことでは、ほんとうにものごとを成し遂げていくことはできない。『指導者の条件』
松下さんは、「命をかけるほどの思いで志を立てよう。志を立てれば、事はもはや半ばは達せられたといってもよい。道がひらけぬというのは、その志になお弱きものがあったからではなかろうか。大事なことは、みずからの志である。自らの態度である。千万人といえども我ゆかんの烈々たる勇気である。実行力である。」と『道をひらく』でもおっしゃっています。
ただし、松下さんは同じ失敗を繰り返す人は嫌いだったようで、『道をひらく』には、「七度転んでも八度目に起きればよい、などと呑気に考えるならば、これはいささか愚である。一度転んで気が付かなければ、七度転んでも同じ事。一度で気のつく人間になりたい。「転んでもただ起きぬ」心構えが大切。」だと述べておられます。成功するまでやり続けるのだが、失敗からもその都度学ばなければ、仕事や人生のレベルが上がらないということも事実です。
成功する人を見ていると、「しつこい」というところがあります。私の親しいある社長は、会社が小さく資金繰りに困っていた時から毎日、朝と夜に風呂に入って必ず「千人の社員の前で話をする」、「銀行が自分に頭を下げてお金を借りてくれといってくる」ということを念じていましたが、結局今では社員は約1万人の会社となり、東証プライムに上場し資金繰りの心配もなくなっています。
その社長には、自社の事業を通じて社会を良くしようという志があり、会社が小さい時からその会社の経営方針書にはそう記載されていました。もちろん、今でもそうです。やはり高い志が大切だとつくづく感じます。
3.逆境、順境
私は、『道をひらく』にある次の松下さんの言葉が好きです。与えられた境遇に素直に生きるということです。
逆境は尊い。しかしまた順境も尊い。要は逆境であれ、順境であれ、その与えられた境涯に素直に生きることである。謙虚の心を忘れぬことである。
素直さを失ったとき、逆境は卑屈を生み、順境は自惚を生む。逆境、順境そのいずれをも問わぬ。それはその時のその人に与えられた一つの運命である。ただ、その境涯に素直に生きるがよい。『道をひらく』
逆境でないと人は育たないと考えるのは誤りだと松下さんはおっしゃいます。逆境も順境もその人に与えられた運命だからです。それに素直に生きていけるかが大切だということです。松下さんが生まれた家庭は、裕福な農家でしたが、父親が先物相場で大損し、家庭は貧困のどん底に落ちました。先にも書きましたが松下さん自身は9歳で大阪に丁稚奉公に出されました。逆境も多かったでしょうが、卑屈にならず、前向きさを忘れなかったのが成功につながったのだと思います。
仕事柄、裕福に育った二代目、三代目経営者も多く見ますし、大変な苦労をして創業し会社を大きくした社長も多く知っています。また、中には会社を潰してしまった社長もいます。
二代目、三代目などの経営者にはお金に恵まれて育ったせいか、いい意味でも悪い意味でもお金を使うのをあまり気にしない人もいますが、中には、実力以上にうぬぼれている人もおり、こういう人には部下はなかなか本気ではついてきてくれないし、事業も結局はうまくいかなくなります。
一方、逆境を自慢する人もいますが、あまりそれも勧められるものではないでしょう。
わたし自身、両親や先生、お客様や働く仲間などのおかげで大した苦労もせずに今日まで来ました。その分、少し大変なことを経験するべきだと思い、30代の頃に、ボランティアでカンボジアに選挙監視に行ったり、在宅福祉の会社で400名くらいの寝たきり方の入浴をお手伝いしました。私にとってはとても良い経験だったと思います。
いずれにしても、その与えられた境遇に、傲慢にならず、卑屈にもならず、素直にまじめに生きていることが大切ですね。
4.共存共栄
自分だけよければいいという考えでは、自分すら幸せにすることができないことは多くの方が気づいていることだと思います。お取引先さんや従業員、あるいはライバル企業とどう関わっていけばいいかを松下さんは説明されています。
すべての関係先との共存共栄を考えていくことが大切であり、それが企業自体を長きにわたって発展させる唯一の道である。『実践経営哲学』
「仕入れ先、得意先、需要者、株主、銀行、地域社会など多くの相手とさまざまなかたちで関係を保ちつつ企業の経営が行われている。利害関係者が成り立つように知恵を絞ることが大切。」と松下さんは考えました。
松下さんは、松下電器やその販売店の業績が急激に悪化したときに、有名な「熱海会議」を開きました。いったん経営の第一線から退いていた松下さんが、販売店の店主たちの前で3日間にわたってその苦難を乗り越えていく方策を訴え、最初は大きな反発もありましたが、それを理解してもらい実行して困難な時を販売店とともに乗り越えました。お互いに共存共栄していこうという考え方が基礎にあったからでしょう。
また、松下電器では、組合との関係も良く、パナソニックミュージアムの前に立っている松下幸之助さんの大きな銅像は、組合が結成25周年記念に立てたもので、従業員との関係もとても大切にしていた松下さんならではのものです。
松下さんは、ライバルに対しても
倒すだけが能ではない。敵がなければ教えもない。従って進歩もない。むしろ対立は対立のままにみとめて、たがいに教え教えられつつ、進歩向上する道を求めたいのである。つまり、対立しつつ調和する道を求めたいのである。『道をひらく』
とおっしゃっています。
多くの会社が「お客様第一」を唱え、経営コンサルタントの大先輩の一倉定先生も「お客様第一」を厳しく指導されていました。なんといっても、企業経営がうまくいく根幹は「お客様第一」だと私も考えます。お客様が満足する商品やサービスを提供すれば、企業は適正な利益を得られます。そうすれば、企業や経営者がそれを独り占めしようとしない限り、それを仕入れ先さんや従業員に配分することができます。
そして「お客様第一」のもう一つの大きな意味はそのことにより、働く人に「働きがい」を与えるということです。私は「良い仕事」の定義として「①お客様が喜ぶこと、②働く仲間が喜ぶこと、③工夫」の3つを挙げていますが、そのことに集中することで、結果として会社は繫栄すると信じています。そして、その根幹は「お客様第一」で、それができてこそ「共存共栄」も成り立ちます。
5.自己観照
松下さんは「素直、謙虚」ということをとても大切にされていましたが、その大前提は反省です。松下さんは「自己観照」ということを習慣にされていました。
自省の強い人は、自分というものをよく知っている。つまり、自分で自分を良く見つめているのである。私はこれを“自己観照”と呼んでいるけれども、自分の心を一ぺん自分の身体から取り出して、外からもう一度自分を見直してみる。これができる人には、自分というものが素直に私心なく理解できるわけである。『その心意気やよし』
「うまくいったときは運が良かったと思い、うまくいかないときは自分のどこが足りないかを反省する」と松下さんはおっしゃっていますが、それが成功の秘訣だと思います。
飛躍的に業績を伸ばした経営者の特色をまとめた『ビジョナリーカンパニー②,飛躍の法則』(J.C.コリンズ著、日経BP社)にも、「うまくいったときには窓の外を見て、失敗したときには鏡を見る」とあります。うまくいったのは運や他人のおかげ、失敗したときには鏡を見て自分のどこが足りないかを反省するということです。
自身を省みることができる人が、成功するのです。
論語にも「吾、日に吾が身を三度省みる」とありますが、やはり反省ということがとても大切です。
経営コンサルタントを長くしていると、5分も経営者と話すとその人が成功するかどうかが分かります。経営がうまくいかないのを「部下のせい」、「景気のせい」などと、自分のことを棚に上げて、失敗を他人や環境のせいにする経営者は決してうまくいきません。
一倉定先生は「リーダーとして成功したければ、電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのもすべて自分のせいだと思え」とおっしゃっていました。そこまではなかなか思えませんが、自分の周りで起こっていることを自己責任と感じるかどうか。その大前提は反省です。
一方、私は、「自分で自分を笑える人は強い」と思っています。自分を客観的に見ているからです。自分に入り込んで、自分を顧みない人は、自分で自分を笑えないでしょう。
一方、成功している経営者はよく反省します。かつて、一代で東証プライム上場企業を築いた社長とふたりで話していたら、「反省では十分ではない。自己否定が必要」と言われたときには驚きました。自己否定や反省できるのも、素直で謙虚だからでしょう。
余談ですが、私の友人で松下さんの面接を受けて松下政経塾への入塾が許された人がいます。その彼に、なぜ選ばれたのかを尋ねたところ、松下さんから「運がよさそうだから」と言われたといいます。興味深い話です。
6.お客様大事
「お客様第一」ということがビジネスを成功させる原点だと、つくづく思います。それは、ドラッカーが言う「特有の使命を果たす」ということと同義であるとともに、お客様に喜んでいただくことで「働きがいを感じる」ということでもあるからです。
商売というものは、形の上だけで見れば、品物を売って代金をいただくということですが、それでは自動販売機と変わりません。そこにやはり買っていただいてありがたい、という感謝の気持ち、お客様が大事、といった気持ちを持つことが商売本来のあり方だと思います。(『松下幸之助一日一話』)
『道をひらく』にも「客が食べ終わって出て行く後ろ姿に、しんそこ、ありがたく手を合わせて拝むような心持ち、そんな心持ちのうどん屋さんは、必ず成功するのである。その上、客を待たせない。」
「自分がつくった製品、自分が売った商品、自分のやった仕事。作りっ放し、売りっ放し、やりっ放しでは、心が残る。世間にもまた仕事にも相済まない。おたがいに作ることに真剣で、売ることに誠実で、そして仕事に熱心ならば、その製品、その商品、その仕事のゆくえをしっかり見定めたい。」
幸之助さんが、五代自転車店で丁稚奉公していた際に、主人から「お前は、お客さんと当店とどっちの人間なのか」と言われたほど、お客さん思いだったというエピソードもあります。相手の気持ちになれるのでしょう。
やはり、商売の根本は、お客様大事、お客様第一です。
当社は20名ほどの会社ですが、若いコンサルタントたちに、「会社の見方が分からなかったら、とにかく『お客様第一』かどうかだけを見てくるように」と教えています。ドラッカー先生は「企業の一義的な価値は企業外部にある」と言っていますが、同じことです。会社にとって大切なことは、「外部志向」、つまり、お客様や社会に目が向いているかどうかです。どうしても、企業が大きくなったり、規制で守られていたりすると、役所のように「内部志向」になりがちですが、それでは企業はもちません。お客様からいただく利益だけが、会社を存続させる唯一の基盤だからです。そのためには、お客様に満足いただける商品やサービスを提供し続けるしかありません。そのことを、経営者も働く人も十分に理解しておかなければならないことは言うまでもありません。
7.真剣勝負
どれだけ真剣に仕事や人生に取り組めるかが物事を成し遂げる決め手です。
人生は真剣勝負である。だからどんな小さなことにでも、生命をかけて真剣にやらなければならない。
長い人生ときには失敗することもあるなどと呑気にかまえていられない。
真剣になるかならないか、その度合いによってその人の人生はきまる。大切な一生である。尊い人生である。今からでも決しておそくはない。おたがいに心を新たにして、真剣勝負のつもりで、日々に望みたいものである。(『道をひらく』)
剣道で、小手や胴をつけて竹刀で稽古していれば、「打たれたら打ち返そう」という気にもなりますが、それが木刀なら打たれればケガもします。ましてや、真剣なら、負けることもあるなどと呑気なことは言っていられません。一回一回が命を懸けた勝負です。
松下さんは、事業を起こした時の資金繰りの苦労、新設した工場の火災、敗戦で公職追放や財閥解体になりかける、その後も販売不振など、苦難が多かったのですが、それを乗り切りました。それぞれのときに、自分の持てる力の全力を使ったからです。
ケンタッキー・フライド・チキンの創業者、カーネル・サンダースの言葉に「できることはすべてやれ、やるなら最善を尽くせ」というのがあります。彼は、65歳からフライドチキンのフランチャイズビジネスを始め、当初は1000か所のレストランなどに断られたそうです。その彼のモットーがこの言葉です。
私は、ときどきこの言葉をセミナーの聴講者などに話します。もちろん、いつもこの心構えが大事ですが、コロナなどの大変な時期こそ、この言葉を大切にすることが大切だと思います。
稲盛和夫さんは、「誰にも負けない努力をする」とおっしゃいますが、これは「自分なりの努力」では足りないという意味です。多くの人は努力をしていますが、それでは十分ではないのです。その際にも、大前提として、真剣さということが必要なことは言うまでもありません。
8.事業は人なり・・・物をつくる前に人をつくる
経営コンサルタントとして独立して長い年月が経ちますが、経営者とともにそこで働く人によって会社が決まるということを本当に感じます。人材の採用、育成がとても大切です。
得意先から「松下電器は何をつくるところか」と尋ねられたならば、「松下電器は人をつくるところでございます。あわせて電気製品をつくっております」と、こういうことを申せと言ったことがあります。(『松下幸之助一日一話』)
松下さんの『実践経営哲学』には、「“事業は人なり”といわれるが、これは全くその通りである。どんな経営でも適切な人を得てはじめて発展していくものである。」とあります。
人材育成に関連して松下幸之助さんは人を叱る時にもとても真剣だったと言われています。松下さんと一緒に仕事をしていた方から聞いた話ですが、松下さんは、ある部長をとても厳しく叱責し、その部長は松下さんの前で気絶したといいます。ただ、松下さんは、すぐに自ら部長の自宅に電話し、「今日はお宅の旦那はしょげて帰ってくるから、お銚子の2本でも3本でもつけておくように」と奥さんに伝えていたそうです。
怖いけれども人間的な優しさを忘れない松下さんらしいエピソードだと思います。
どんな会社でも人材育成に力を入れている会社は、業績が伸びやすいと感じます。ただ、多くの会社を見てきましたが、やはり、経営者自身が勉強するということの大切さを感じて理解していないと、部下は伸びないでしょう。コンサルタントなどに頼んで部下を教育し、自分は傍観しながらその上前をはねてやろうなどと考えている経営者ではだめなのです。
企業研修にも多く携わりますが、やはり、社長が「指揮官先頭」で自身の教育、社員の教育に熱心な会社ほど活力があると感じます。
さらには、社員が「働きがい」を感じているということが、教育の効果が出る大前提だと思います。
一方、リーダーが成功するには、「こわい」と「優しい」、「大胆」と「細心」のような両極端の2面性を兼ね備えているように思うことがあります。どちらか片一方では、リーダーとしてうまくいかないでしょう。
9.早く
経営を行っていく上で、「スピード」もとても大切な要素です。
今日は、時は金なりの時代である。一刻一秒が尊いのである。だから念入りな心配りがあって、しかもそれが今までよりもさらに早くできるというのでなければ、ほんとうに事を成したとはいえないし、またほんとうに人に喜ばれもしないのである。
早いけれども雑だというのもいけないし、ていねいだがおそいというのもいけない。念入りに、しかも早くというのが、今日の名人芸なのである。(『道をひらく』)
松下さんは、決めたらすぐ動く人でした。考えも深く、鋭いのですが、とにかく動く。くよくよ考えない。稲盛和夫さんも「感性的な悩みをしない」と言っておられますが、ある程度まで考えたら、うじうじしていないでとにかく動いてみることが大切です。動かないと結果が出ないから。せっかちだから早く結果を知りたいのです。松下さん自身は病弱で、若いころから床に伏しがちな頃もありましたが、それでも、部下にどんどん指示を出して、工場全体を動かし、営業マンを叱咤してお客様を回らせました。
また、経営者が判断を遅らせると、組織全体のスピードが落ちます。松下さんは、「進むもよし、とどまるもよし、要はまず断を下すことである。みずから断を下すことである。それが最善の道であるかどうかは、神ならぬ身、はかり知れないものがあるにしても、断を下さないことが、自他共に好ましくないことだけは明らかである。」(『道をひらく』)とおっしゃっています。
そして、素早く判断するためには、適切な判断基準を持たなければならないことは言うまでもありません。そのためにも、いつも申し上げているように、①新聞の大きな記事を読む、②経営の原理原則を勉強する、③何千年もの間多くの人が正しいと言ってきたことを勉強する、の3つをコツコツと勉強し続ける必要があります。
余談ですが、成功する人はせっかちだと感じています。日本電産の永守さんもとてもせっかちだと聞きます。私のお客様でも、のんびりしている人で成功した人はあまり見たことがありません。言い方を換えれば、明日伸ばしの習慣を持っていないということでしょう。
ちなみに、私は、成功する人の特色として、①せっかちの他に、②人を心からほめることができる、③他人のことでも自分のことのように考えられる、④怖いけど優しい、⑤素直の5つを考えています。
10.勤勉
次の言葉は『道をひらく』の中で私が一番好きな言葉です。
勤勉は喜びを生み、信用を生み、そして富を生む。(『道をひらく』)
さらっと読める簡単な文章ですが、非常に奥は深いと思います。まず、勤勉は「喜び」を生むということです。働くことそのものの喜び、働きがいです。それが第一ステップです。働きがいを感じない人は、良い仕事をすることはないし、心底一生懸命働くこともないでしょう。
そして、一生懸命働くと「信用」を生みます。さらに、その信用が積み重なれば、最後に「富」を生むのです。
金儲けのために働く人は多いと思いますが、働きがいを感じて働いているかどうかが重要です。働きがいを感じて働いている人ほど、結果的に「富」を生むと思います。
私の人生の師匠、曹洞宗円福寺の故・藤本幸邦老師は、「ビジネスで最も大切なのは『信用』」とおっしゃっていましたが、信用を得るためには、とにかく、一生懸命働くことが大切です。
若い人に話をするときに、若いうちに身につけるべき最大の習性は「一生懸命働くこと」だということをよくお話します。一生懸命働けば、技量も上がり、お客様や世の中の求めているレベルにいずれかは達するでしょう。そうすれば信用も生まれます。
私が若い頃に、「人から評価されるには80点くらいの仕事をたくさんやったほうがいい」と言った先輩がいましたが、その先輩は結局出世しませんでした。若いうちに自分で80点などと思っている仕事は、世間からは50点や60点です。とにかく一生懸命仕事をし、自分なりに満足できる仕事をすることです。自分で満足と思っても、世間的には十分でないことも若いころには多いですが、それでも一生懸命仕事する習慣が身についた人はいずれきっと成功するでしょう。
ちなみに、藤本老師は、「お金を追うな、仕事を追え」ともよくおっしゃっていました。
私は、「仕事をしていて心が震えたことがありますか」「生まれ変わってもこの仕事をもう一度やりたいですか」と尋ねることがあります。そういう仕事をしたいものです。
11.素直
素直ということほど、松下幸之助さんが大切にされていたことはないでしょう。
「素直な心とは、単に人に逆らわず従順であるということではありません。何ものにもとらわれず、物事の真実と、何が正しいかを見極めて、これに従う心です。
素直な心になりましょう。素直な心はあなたを強く正しく聡明にいたします。」(PHP友の会会員証)
松下幸之助さんは、毎朝、「今日一日素直であれますように」とお祈りし、寝る前には「今日一日素直であったかを反省した」と言われています。それを30年繰り返し、「ようやく素直初段」とおっしゃったという有名なエピソードもあるほどです。
松下さんは『素直な心になるために』という本も出しておられますが、この本は松下さんが84歳の時に、「自分は少し最近素直さがなくなってきたように思う」ということから、素直に関しての本を出そうと考えられたとのことです。「素直」ということをいかに大切にしておられたかが分かります。
「人が成功するためにひとつだけ資質が必要だとするとそれは『素直さ』だ」とまでおっしゃっている松下さんの、素直へのこだわりを感じます。
私が見てきた成功者や伸びる人に共通しているのはやはり「素直」ということです。人の知恵や能力を活かせるということです。逆にうまくいかなくなる人は、素直さ、謙虚さを失いがちです。もともと素直や謙虚でないからうまくいかないとも言えるでしょう。
人は少し成功すると傲慢になりますが、そこで素直さ、謙虚さを保ち続けられるかが大切です。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」は私がセミナーで良くお話しする言葉です。
私が若い頃に、母親に言われてした般若心経の写経の最後に「かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心」というのが般若心経の「空」の心とありました。かたよらない、こだわらない、とらわれないということは、なかなか難しいことですが、素直であるためにはとても大切です。続きに「ひろく、ひろく、もっとひろく」ともありましたが、「ひろく」とは「寛く」だと思います。かたよらない、こだわらない、とらわれないように心がけながら、同時に寛容の心を養うことが大切だと痛感します。
小宮 一慶