本項をお読みいただいている皆様は、良い新年を迎えられましたでしょうか。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
昨年末にかけ、ニュースや新聞紙上において、金・銀・銅の先物相場が揃って最高値を更新したとの報道がありました。24年末比上昇率でみると金は約7割、銀は2.4倍、銅も約4割上昇しています(2025年12月24日 付 日経新聞夕刊より)。三役揃い踏みの様相ですが、最高値更新には、金銀と銅では異なる背景があるようです。
銅は、最大の産出国チリの鉱山でのストライキなどで供給不足となる一方、銅電線が多用されるデータセンター等で需要は増大し、需給が逼迫していることが大きな要因です。他方で金や銀といったいわゆる貴金属は、米国のインフレや財政状況により価値が変動するドルの代わりに、富を保存する実物資産として買われているのです。銅は資源としての実需が背景にあるのに対し、金や銀は主にドルの代替資産として投資されているということですね。
金、銀、銅、そしてプラチナについて、これまでの採掘量、採掘可能な埋蔵量、毎年の採掘量を調べてみると、金:20万t、5万t、3千t/年、銀:100万t、40万t、2.5万t/年、銅:7億t、10億t、2200万t/年、プラチナ:6千t、1万t、200t/年とのことであり、特に金や銀は単純計算では15-20年程度で枯渇する計算になります。リサイクルや新たな採掘技術の発展等があれば延びる可能性もありますが、現時点の有限性を考慮すると、今後ますます高騰しても不思議ではありません。
一方で、貴金属である金や銀が価値を持つということ自体、よく考えると不思議にも思えてきます。例えば不動産や美術品、資源としての銅や石油などと比較した場合、金銀に実用的な価値自体は乏しいと考えられます。金は「実物資産」の代表格ですが、もし、そもそも金そのものに根源的な価値はなく、人々の期待によって価値が保たれているとすれば、その点では紙幣と同じと言えるのかもしれません。さらに言えば、その金を価値の裏付けとした兌換紙幣という仕組みも、よく考えれば不思議ではないでしょうか。
今後AIの進展で、知識やアイデアなどが無尽蔵に湧出すれば、そうした無形資産の価値は相対的に下がっていく可能性があります。その時、「実物資産」としての金や銀が価値を高めていくのでしょうか。あるいはそうではない、別のものが価値を高めていくのでしょうか。いずれにしても、本当に価値を持つものは何なのか、本質的な価値とは何なのか、ということを、改めて深く考える必要があるのではないかと思います。
小宮 弘成