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「戦いに於いては武器に依存してはならない。人心を頼りにすべきである。また、軍勢が多いか少ないかは問題ではない。規律が保たれているかどうかに注意しなければならない」

今週の「言葉」
2022.03.04

「戦いに於いては武器に依存してはならない。人心を頼りにすべきである。また、軍勢が多いか少ないかは問題ではない。規律が保たれているかどうかに注意しなければならない」
※佐藤一斎『言志四録』より

 

★先人の労苦の末に遺された「失敗の本質」から学ぶことの大切さ
今週の至言は、日本の近代化を推進したリーダーを数多く輩出した“次世代リーダーの育成者”である佐藤一斎(1772-1859年)が著した『言志四録』より、現代の経営にも通じる至言を選びました。佐藤一斎は幕末の昌平坂学問所(昌平黌)の儒官(現在でいう東京大学総長)を務めた人物。数多の門下生のうち著名な門下生としては佐久間象山がおり、またその門下には吉田松陰、勝海舟などがいますが、さらにその門下には伊藤博文や山縣有朋といった後の総理大臣がいます。直接の門下ではありませんが、西郷隆盛がその死の間際まで肌身離さず持っていたのがこの『言志四録』の抄本(『手抄言志録』)と橋本左内からの手紙であることは有名です。またこの西郷の教え(『西郷南洲遺訓: 付 手抄言志録及遺文 (岩波文庫)』)に感化されリーダーのあるべき姿として「無私」の大切さを説く経営者の一人が稲盛和夫さんです。

 

 

◆原文と解釈① ~「人心」とは何か~
原文では次のように記されています。
「器械を頼むこと勿れ。当(まさ)に人心を頼むべし。衆寡を問うこと勿(なか)れ。当に師律を問うべし。」(『言志四録』「晩録」第105条)
現代の経営で言えば、手段としての戦術、技術に頼り過ぎてはならない、と解釈できます。さらに「人心を頼むべし」とは「人の心」のことですが、文脈や多くの訳文から推察するに、“チームワーク”、“人の和”と解釈されます。戦前の創業者が使用していた言葉では組織の「融和と団結」にあたると考えられます。成果をあげる組織の原理原則に従えば、「共通の目的・価値観」を軸にコミュニケーションや協働を通じて社会や顧客に貢献することに通じると個人的には解釈しています。読者の皆さまの解釈はいかがでしょうか。

次に「軍勢が多いか少ないかは問題ではない。規律が保たれているかどうかに注意しなければならない」と一斎先生は語ります。「衆寡」とは“多い少ない”の意味です。“寡をもって衆に勝つ”を地で行っていたのが戦前の日本海軍です。これは現代の中小企業の戦略にも活かされていることです。「師律」とは軍律のことです。上官の命令は絶対、ということです。現代で言えば企業の規律は「ミッション・ビジョン・ウエイ(バリュー)」など理念や共通の価値基準(正しい考え方)を逸脱しないということになります。

 

 

◆「師律」さえ整っていれば衆寡は関係ない? ~歴史の検証~
“寡をもって衆に勝つ”事例としては、織田信長の桶狭間や高杉晋作の功山寺決起が有名ですが、世界に大きなインパクトを与えた例としてはやはり日露戦争でしょう。現在ウクライナを無法に侵攻するロシアと真っ向から戦った戦争です。この戦争で負けていたら日本は現在の姿ではなかったことは想像に難くありません。

 

 

▼日露戦争:開戦前の戦力比較
日本 ロシア
最大動員兵力 109万人 208万人
戦艦 6隻 15隻(極東に7隻)
海軍力 26万トン 80万トン
銑鉄生産量 5万トン 220万トン
日露戦争における奇跡の日本海海戦(1905年)での勝利は遠くアフリカやインドなどで熱狂的な感動を人々に与えたことは記録に残っています。当時は白人国家が世界を支配する帝国主義の時代が長く続いていたので、有色人種の国家が初めて白人国家に勝ったという文脈で熱狂されたのでした。この戦いの勝因は『言志四録』の教えるところの「人心」(共通の目的を軸とした団結)によって高い技術力が「師律」を以て活かされた事例ともいえるのではないでしょうか。しかしこの勝利で得た慢心からか、日本はその後の大東亜戦争で逆の目に遭います。後に日本中を焦土と化した敗戦の起点にもなったミッドウェー海戦です。

 

▼ミッドウェー海戦:太平洋の戦力比較
日本 米国
空母 8隻 3隻
戦艦 11隻 0隻
重巡洋艦 17隻 7隻
軽巡洋艦 7隻 1隻
駆逐艦 70余隻 11隻
結果として、負けるはずのない戦力差にもかかわらず日本は空母4隻を失う大敗を喫しました。この敗因は名著『失敗の本質』(野中郁次郎他著、1984,ダイヤモンド社)等に詳しいですが、『言志四録』に言葉を借りれば、人心(共通の目的、考え方)の不徹底と長期的な戦略構想の曖昧さ、そしてそれによる社内政治にも似た軍律の混乱ではなかったでしょうか。具体的には、ミッドウェー島を叩くのか、敵機動部隊を叩くのか、最後まで目的が曖昧でした。そもそも太平洋上における戦線の拡大が、当初の目的から大きくずれた謎の戦略でした。

 

『言志四録』には次のような至言もあります。
「凡そ人事を区処するには、当に先ず其の結局の処を慮って、而(しか)る後に手を下すべし。楫(かじ)無きの舟は行ること勿れ。的無きの箭(や)は発つこと勿れ。」

 

これを現代の経営に置き換え抄訳しますと、「経営でも仕事でも、結局のところをおもんばかって、つまり、事の目的や中長期先のビジョンを明確にして、そこからバックキャスト(逆算)して事を始めるべきである。そうしなければ舵のない船で漕ぎ出したり、的のないところに矢を射るような無意味な仕事になる」となろうかと思います。

 

今回は『言志四録』から敷衍して、二つの戦争を例に採りましたが、事の本質を知るには先人に大きすぎる代償を払わせました。現世を生きる私たちが成すことは、こうした先人の遺した教訓を素直に学び、さらに自身の検証を加え、次世代の未来をより良くしていくための「結局のところ」を描き前進するほか無いと、今回のウクライナ情勢を目の当たりにしてさらに痛感するところです。また、現在の情勢を見て、プーチンに「結局のところ」が見えているのか、気になります。軍事力に頼り(「器械に頼り」)、正当な目的(大義)が感じられないロシア軍の軍律に乱れがあるようにも感じます。一方、ウクライナの目的は自国防衛と明白であり、その「人心」によって優っているようにも映ります。これ以上の犠牲が出ないことを祈り人道的な支援をするほか今のところありませんが、さらに考え抜くべき事は我が国、日本の現実と未来です。

 

 

読者の皆さまは今回の至言より、どのように現実を直視されるでしょうか。それぞれの解釈、検証があると存じます。今後も皆さまにとって経営や人生のヒントになる先人の遺訓をご紹介出来たら望外の喜びです。最後までお読み頂き、誠に有り難うございました。


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