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人を相手にせず天を相手にせよ。天を相手にして己を尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし

今週の「言葉」
2022.06.17

「人を相手にせず天を相手にせよ。天を相手にして己を尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」

(人を相手にしないで常に天を相手にするように心がけよ。天を相手にして自分の誠を尽くすし、決して人を咎めるようなことをせず、自分の真心の足らないことを反省せよ。)

―西郷隆盛

 

私は長年西郷隆盛に興味をもち、その関連書籍を読んだり、テレビ番組等を観てきたりしました。その中で、私は西郷隆盛を表わす言葉を一つあげろ、と言われたら、冒頭の一節をあげます。

 

この言葉の根底には「誠意や真心を尽くしていれば、天は必ずそれを見てくれています。だから、人がどうのこうの言うのに気が取られるのではなく、一生懸命取組みなさい」という西郷の思い、信念が伝わってくるような気がします。

 

西郷は始めからこのように考える人だったのでしょうか。私は決してそうではないのでは、と思っています。

 

西郷は薩摩藩により二度遠島処分にあっていますが、二度目の処分時は主君である島津久光を侮辱したことが原因の一つであり、そこには西郷の傲慢さもあったと思います。

 

先代の島津斉彬に認められていた西郷隆盛にとって、兄斉彬より能力が劣ると思われる久光は認めがたいものがあったのでしょう。江戸時代の中でも封建色が強かった薩摩藩にあぅって、西郷は久光の面前で「ジゴロ(薩摩弁で田舎者)」という言葉を投げかけたとも言われます。

 

二度目の遠島処分は非常に厳しいものがあったと言われます。大変過酷な環境の中で、死んでもおかしくなかったのですが、現地の役人の支援もあり、命を落とすことは免れました。

そうした中で、西郷はかなり深く内省するものがあったようです。

 

遠島から帰った西郷は、人が変わったように謙虚になっていたと言います。

帰還後の久光との面談に際しては、友人の大久保利通はまた失言等をしないか心配していたとのことですが、面談後は全くそのような心配はなかったと手紙に書き残しています。

そこからの西郷は、倒幕に向けて一直線に活躍していきます。

 

ここからは私の推測も入りますが、西郷は遠島処分の中で、人のことをとやかく言わず、また人からの評価等に囚われるのではなく、天を与えた運命を一生懸命生きよう、と思われるようになったのではないかと思うのです。そうすれば、きっと天から評価される時がくる。まさに「人を相手にせず天を相手にせよ。」という心境になったのではないでしょうか。

 

人間は生きていると他者を評価したり、逆に他者から言われたりすることに気が取られがちです。しかし、そうしたことに囚われる時間があるならば、天から与えられた使命に集中し、懸命に励んでいれば、きっと天はそれを評価されるように思われます。


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