経営コンサルタントや社外役員として、戦略会議や取締役会に出る機会も少なくありませんが、そこでは「コンプライアンス」や「ガバナンス」という言葉をよく聞きます。
まず、「コンプライアンス」ですが、「法令順守」と訳されることが多いです。法律を守るということです。著名な経営コンサルタントであるピーター・ドラッカー先生は、「法律は、世の中の人が平穏に暮らすために守らなければならない最低限のルール」として「法律を守らない企業はその存在すら許されない」とおっしゃっています。
法律とは最高の規範ではなく最低限守らなければならないルールなのです。たとえば、「自動車は道路の左側を走る」と法律で定められています。自分は今日は気分があまり良くないからと言って、車を道路の右側を走らせたら、これは大変危険な行為です。
私は免許を取ってもう47年以上になりますが、その間、ずっと左側通行です。そしてこれをほめられたことが一度もないのは、それが法律で定められた最低限のルールだからです。(ちなみに、私は免許取得以来無事故無違反ですが、こちらは若干ほめられることかもしれません。)
したがって、法律を守らないような企業は「存在」すら許されないのです。ちなみに「存続」が許されるためには、良い商品やサービスを適正な価格で提供し続けることです。ドラッカー先生のいう「特有の使命を果たす」ということにもつながりますね。
一方、「ガバナンス」は「企業統治」と言われることもありますが、私は、取締役会や重要な会議などで「必要な議論がきちんと行われ、かつ最善の答えが導き出されていること」だと解釈しています。「正しい答え」と書きたいところですが、人間が導き出す答えに100%正しいということはありません。しかし正しい答えを出すためのベストの努力をしていることが大切なのです。
フジテレビの事件を見ていると、フジの取締役会では、十分な、かつ、まともな議論が行われているとは、とても想像しがたいです。
また、議論がなされているにしても、カリスマ経営者の「鶴のひと声」で結論が決まるというのでは、ガバナンスはないと言えます。たとえば、小林製薬の紅麹事件で、問題が発覚して、社外取締役は人命にかかわることなのですぐの公表を求めたのに対し、カリスマ会長がしばらく様子を見ると発言したことで、公表が見送られたという報道がありました。ガバナンスが機能していない典型例です。そのためにも、独立した正義感の強い社外取締役が必要ですが、彼らを任命してくれた人(社長や会長である場合が多い)との関係もあり、「正論」を発言し、かつ、その結果を出させるのはなかなか容易ではありません。
また、議論を十分にかつ迅速にすることも大切です。ある会社で次のようなことがありました。業績の悪い子会社をどうするかということが大きな問題だったのですが、社内では結論を先延ばしにしようという雰囲気が強く、議論もほとんど進みませんでした。しかし、それでは全体の業績にも影響を及ぼします。そういう時に、「できるだけ早く結論を出すために、早急に議論して結論を早く出してほしい」と申し入れたことがありました。結論は、売却の意思決定をし、すぐに売却のプロセスに入りました。
言い方を換えれば、ガバナンスが機能している会社では、ある程度有能な取締役などがいれば、多くの場合に確率高く正しい意思決定ができるということです。
自社の「コンプライアンス」は言うまでもなく「ガバナンス」が十分に機能しているかを常に注意して見ておく必要があります。
小宮 一慶