長期戦略を練る際に常に頭に入れておくべき社会科学の原則が幾つかあります。
その一つに「ペティ=クラークの法則」というものがあります。グーグルで検索するとAIが次のように説明してくれます。
「ペティ・クラークの法則とは、経済の発展に伴い、国民経済に占める産業の比重が、農業などの第1次産業から工業などの第2次産業、商業やサービス業などの第3次産業へと移っていくという法則です。」
つまり国家社会が成熟していくと第3次産業(所謂サービス業)の比率がGDPの多くを占めていくという法則です。いまはグローバリズム花盛りですから、例えば日本のインバウンド需要を考える際にもそのまま当てはめることもできます。
このとき、考えるべきことがもう一つあります。
経営戦略で最も重視されるべきはマーケティング戦略(=お客さま第一の実践により働きがい最高の会社を目指す戦略。お客さまが商品・サービスを買うのはQ(品質)・P(価格):S(付加価値サービス)の組み合わせによる)となりますが、顧客志向マーケティングの第一人者、セオドア・レビットは次のように語ります。
「サービスを売るのか、製品を売るのかによって企業を分類しても、それほど経営の役には立たない。あえて分類するならば、表現を変えたほうが有意義である。「サービス」と「製品」と言う代わりに「無形財」(intangibles)と「有形財」(tangibles)と呼んだほうがよい。工場でつくられるものが何であれ、市場では例外なく製品の「無形性」が売買されているからだ。」
(出典:『セオドア・レビット マーケティング論』「無形性のマーケティング」より)「マーケティングとは要するに顧客を獲得して、それを維持するための活動である。顧客を獲得するうえで決め手になるのが、無形性である。」
(出典:同上)
2つの理論、慧眼を統合して長期的に考えてみれば、モノを伴う事業(一次産業だろうが、製造業とかメーカーであろうが)にしてもサービスが重要であるということです。
サービスとはどこまでテクノロジーが発展しても「人による人に対する奉仕」に他なりません。以前「私の履歴書」である心理学者がフィリップ・コトラーが語った「心理学者のG・D・ウィーブが”なぜ石鹸を売るように、人類愛を売ることができないか”という問いかけ」に応えることに似ています。
先日、日経新聞にリスキリング(学び直し)に関する記事がありました(2024年9月17日朝刊)。
中小企業が人材育成や業務改善にリスキリングを活用したいが、中小企業の人財育成の課題はその回答割合順に「予算がない」「社員の学ぶ意欲が低い」「育成を担える人材の不足」「社員の学ぶ時間がない」…と散々です。
「これってリスキリングで解決できるの?」と人間観を深めている方であれば普通に疑問を覚えるはずです。確かに経営者はじめ会社員が学んでいないという実態は私も数多く直接触れている実態です。ただ、人財育成の優先順位として本当に「リスキリングか?」という違和感がどうしても私の中で抜けきれません。
スキルは生き抜くうえで重要です。しかし、古典の『大学』にもあるように、スキルはどこまで行っても短期的且つ「末学」です。それよりも優先すべきは長期的にも「本学」(人格、人間性を高めること)です。その本末転倒がもたらしたのが多くの好ましくない現在の状況なはずです。そもそも「学ぶ意欲がない」原因は「本学」を疎かにしてきた結果だと言えます。
モノが溢れかえった時代の経営にサービスは必須です。皆さんの会社に「人類愛」を売ることができる社員は育っているでしょうか。経営も人生も成果・結果を左右する最も大きな要素は「考え方」なのです。最後に安岡正篤先生の警句を紹介して稿を閉じます。
「そこで結論は、人間がこう非人間的になってしまっては困る。人間が人間たることを喪失する、人間が人間らしくなくなるということでは、人間はどんなことになってしまうかわからない。どうしても、もっと人間を人間らしくしなければならない。つまり人間の回復ということが一番新たな、一番根本の問題になってくるのであります。正しい意味で、いかに人間が人間を回復するかということに成功しなければ、政治も経済も救われない。」
(出典:安岡正篤『[新装版]運命を開く』「現代社会の危機」昭和35年)
当時も、スキル偏重を憂いておられた師でした。過ちは歴史が繰り返すのではありません。人間が繰り返すのです。だから“本当に大切なこと”を学び続ける企業文化を育み続けることこそが最強の経営戦略なのです。