先週、先々週と弊社の「経営実践セミナー」にて講演させて頂いた。テーマは「お客さま第一の徹底と働きがい最高の会社づくり」でした。
普段、長期的且つ継続的なリーダーの育成を起点とした企業文化づくりに傾倒しているので、質疑応答を含めた90分はあっという間に過ぎ、改めて短い時間で語り尽くすことの難しさを痛感したところです。
情報量が多く、お聞き苦しかったものと日々反省し床についている次第です。お伝えしたかった真意は「お客さま第一の徹底」と「働きがい(働く喜び)」は両輪であるということです。その2つのことにいかに全社員が集中できる環境を創り出すかがマネジメント(経営)の原理原則にして最重要の役割です。
一方、このことに関する小手先のテクニックはありません(各々の状況での工夫は必要です)。松下幸之助さん、本田宗一郎さん、稲盛和夫さんを挙げるまでもなく、上記の両立を図るためには、経営者の経営哲学としての「経営の思想(強烈な信念・志)」に端を発し、その祈りに近い強い思いが社会の公器である企業組織としての「共通の価値観」、そして「共通の目的・使命」になるまでの営みが先ず以て大切になります。
上記のことは経営の語源である『詩経』の「経して営する」の「経する」にあたります。「経」とは過去・現在・未来を貫くたて糸のことで、“お経”の経です。
つまり理念・長期ビジョンを示すことと同義です。「営」とはそのための道筋、計画を示すことです。「経する」(目的・ビジョンを示す)が先にあって、最終的には全社員がその目的に向かって一心に励むという結果に至ります。因みに『詩経』原文は以下の通りです。
「経始霊台、経之営之。庶民攻之、不日成之。経始勿亟、庶民子来。
▼書き下し
霊台を経始し、これを経し、これを営す。庶民これをおさめ、日ならずしてこれをなす。経始するもすみやかにするなきに、庶民は子来せり。)」
「すみやかにするなきに」とは鞭打って早くやれとまくしたてることなく、との意です。
「庶民は子来せり」とは、民衆は子が親を慕うが如く集まり、ことを成し遂げた、と解釈されます。これが「経営」の語源にしてあるべき姿です。これを実行した人物は『論語』に度々出てくる周の文王です。有名な徳治政治の成果をあげた偉人にして孔子がお手本としたリーダーです。
話は変わって、日々のコンサル業務、或いはこれまでの変革リーダーとしての経験から最も我が国の(=多くの企業の)問題にして、最重要の課題として私が捉えているのは「長期的思考」の回復です。
リーダーが短期的思考かどうか、が決定的に重要ですが、日本全体「今だけ金だけ自分だけ」の思考傾向がこの30年で強まったことは否めない真実だと感じています(自戒も込めて)。
便利さを豊かさだと勘違いしてきたデジタルの台頭とこれからのAI時代によって、いま“ここで止まる”ことをしなければ、世の中はどうなっていくのか、とても心配です。
人間は、人間性とはどこにいったのか、と。長期的思考とは定義すれば、「自分一代では成し遂げられないほどの世の為人の為に遺すべき尊い価値を犠牲にしないこと」と考えています。
合理的なことだけが資本主義の意思決定基準であり続けるならば、社会学の祖、マックスヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』、及びエミール・デュルケームの代表作『社会分業論』の警句の通り、唯物的な富に走り、心の連帯は失われることになります。
またイノベーションの父シュンペーターと資本論マルクスの共通の見解としての「資本主義は失敗する」(前者は資本主義は成功するがゆえに失敗するとし、後者はその構造自体に欠陥があると指摘)という転換点に今あるとすれば、常に時代の転換点に立ち戻るべきは、「基本と原則」(P.F.ドラッカー『マネジメント エッセンシャル版』の冒頭文)です。
そのドラッカー先生は「明治の指導者に学べ」(日経ビジネス、1998年)と語っていました。
松下幸之助さんが200年以上も先を考えていたことは有名な話です。例えば、松下幸之助さんのもとで幹部として働いていた方の証言にはこうあります。
「松下という人は、つねに遠くを見ている。その遠くから、現在只今にグッと二本のレールを敷く。そしてそのレールの上をひた走った感がある」(後藤清一『𠮟り叱られの記』)
また、本コラムでも度々担ぎ出す安岡正篤先生の次の言葉、
「皆さんが今後起こってくる諸般の問題をお考えになるには、目先の問題をとらえた流行の皮相な理論では駄目でありまして、先程申したように、少なくも明治以来の思考の三原則によって徹底した考察をなさらないと正解を得られない。したがって、今後の真剣な対策も立たないということを私は信ずるのであります」。
出典:安岡正篤『[新装版]運命を創る―人間学講話』 プレジデント社
昨今の書籍で「世界標準の経営」とか「世界最先端の経営学」とのテーマの本を目にします。経営に新しいも古いもあるのか、と思ってしまいますが、面白いことが書かれてありました。
(参考文献:入山章栄著『世界標準の経営理論』、広野彩子著『世界最高峰の経営教室』)
両著に「いまは(主に米国では)経営学者も経営者もドラッカーを読まなくなった」というのです。ドラッカー先生は日本では根強い人気があると思いますが、なぜか?
このことに関しては世界的な経営学者と呼べる三橋平教授(早稲田大学商学部)の『日経ビジネス』での論考に「人文知の日本 vs. 科学知の欧米」との面白い記事があった。詳細はこの記事をお読み頂ければと思います。
因みに入山教授ものちにドラッカー先生の『マネジメント』を読み返し、もっと早く読むべきだった、とある番組の中で仰っています。
今の日本をみるに、いやしかし、人文知も失われていないか?と感じます。
人文知とは、先の三橋教授の定義によれば「人文知アプローチ:物事や現象の本質、あるべき姿や、それらを捉える視点、捉え方の議論を通じた知の探究」とのこと。
いまこそ経営の原点に立ち返って、長期的に考え、多面的に全体を考え、そして根本的に考え抜く経営を復興させ、内村鑑三さんではないですが、『後世への最大遺物』をなれる最高の会社づくりのお手伝いを通じて成していきたいとの祈りを強くするところです。
熊田 潤一