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「司令塔は外面(そと)が見にくうてなぁ」(東郷平八郎)

今週の「言葉」
2026.08.24

今週の言葉は、司馬遼太郎さんの代表作『坂の上の雲』での日露戦争における東郷平八郎の言葉です。その状況と併せて読むと、まさに「指揮官先頭」を表した言葉といえます。

日露戦争中の海戦において、東郷平八郎は艦橋(かんきょう)に立ち続けて戦況を確認し、指示を出し続けていました。当時の艦橋は外にあったため、砲弾の破片が常に飛び交う状況だったのです。
そのため、東郷のそばにいた参謀長が「司令塔に入りましょう」と何度も東郷に伝えたのです。司令塔であれば鋼鉄で囲まれているため、安全だったからです。

しかし、いつの海戦でも艦橋にいて、司令塔に入ったことがなかった東郷は、
「司令塔は外面(そと)が見にくうてなぁ」
と言うだけだったのです。

この様子を描きながら、司馬さんは、
「胆力という点では、この小柄な薩摩人は敵将のだれよりもまさっていた。」
と記しています。
私もまさにその通りだと感じました。

なぜ、東郷平八郎は艦橋に立ち続けることにこだわったのでしょうか。その理由は、日露戦争のクライマックス、日本海海戦で連合艦隊に敗れたバルチック艦隊の司令長官、ロジェストヴェンスキーの動向を踏まえるとよく見えてきます。

ロジェストヴェンスキーは、日本海海戦において司令塔のなかにこもって戦況を確認し、指揮していました。しかし、視野が制限された司令塔のなかでは、戦況の全般を十分に確認できなかったのです。そのため、艦隊全体どころか、ロジェストヴェンスキーは自分が乗艦している軍艦の状況も十分に把握できていなかったのです。こうした指揮上の問題も、バルチック艦隊が連合艦隊に敗れた一因だったと考えられます。

このロジェストヴェンスキーの失敗にこそ、東郷が艦橋に立ち続けた理由があると考えるのです。自分が乗艦している戦艦はもちろんのこと、指揮する艦隊全体の状況を把握し、的確に指揮するためには、より現場に近く、全体を見渡せる艦橋に立ち続ける必要があったのです。

かつて、一倉定先生は、社長室にこもる社長のことを「穴熊社長」と呼ばれました。まさに、社長室にこもって会社を経営するというのは、ロジェストヴェンスキーのように司令塔にこもって指揮するようなもので、会社をめぐる状況や会社全体の状況を十分に把握しないまま経営するようなものではないでしょうか。
東郷平八郎が「司令塔は外面(そと)が見にくうてなぁ」と言ったように、社長も「社長室では何も分からないからなぁ」と言って、現場に立つことが必要なのです。

ちなみに、中学生の頃から司馬遼太郎さんの本を読み、そのほとんどを読了していたのですが、『坂の上の雲』は5(8)までで挫折していました。しかし、今年意を決して1巻目から再読し、今回は最後まで読了することができました。

本書には、この東郷平八郎の「指揮官先頭」以外にも、現代に生きる私たちが学べる教訓が数多くあります。海外における戦闘場面が多いため、地理感覚がつかみにくいところもありますが、頑張って読む価値がある本だと思います。
もしご興味がある方は、ぜひ手に取ってみてください。

増田 賢作


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