日経新聞電子版に、「フィジカルAI、4割が『普及想像できない』」という見出しの記事がありました。7月に20〜60代の男女を対象に行った民間の調査で、フィジカルAIで自分自身の生活が便利になることをどの程度期待しているかについて、「普及が想像できない」との回答が最も多く、41.2%を占めたとのことです。一方、「とても期待している」は9.6%、「やや期待している」は29.2%でした。
現時点でも生成AIがこれほど急速に浸透していることをみると、おそらく遠くない将来、フィジカルAIも否応なく我々の社会に入り込んでくるはずです。私は冒頭の記事を見て、「普及が想像できない」と回答する人の割合が多いことを意外だと感じました。
フィジカルAIが社会にどのように普及してゆくかについては、様々な見方があるでしょう。例えば、製造業のライン業務の一部など、ある程度定型的な仕事への導入から始まり、その後建設や医療・介護、家事など、より現場ごとの柔軟性が求められる業務などにも広がってゆく、ということが、個人的には一つの仮説として考えられると思います。
これはあくまで想像にすぎず、必ずそうなるとは限りません。しかし、まずはそれでよいと思うのです。自分なりに、未来がどうなるかを自由に考えてみることが大切で、その段階で何も縛られる必要はありません。もしその未来に向けて新事業を検討する、などということがあれば、より精緻に考えればよいだけの話です。
日本の教育においては一般的に、想像力を働かせるというより、多くの場面で、与えられた問題への正答を出すことが求められてきたと思います。そのため我々の多くは、何も前提条件がないことに関して、自由に考えるということに慣れていないのではないでしょうか。よく「自分の仮説をもって考えることが重要」と言われますが、なかなかそれが出来ない理由の一つには、教育の背景があるように思われます。
ですから、最初から「仮説を立てろ」というより、まずは自分なりに、間違ってもいいので自由に想像してみることに慣れる、ということが大事なのではないでしょうか。
若手の方やリーダーの方向けに研修をさせていただく機会があり、その中で「新聞記事やニュース、日々の経験等の中で、小さな出来事が将来の大きな構造変化の予兆となっているのではないか、と思う事例を考えてみましょう」という課題を出すことがあります。研修の課題に正解や間違いがあるわけではなく、想像力を働かせてもらうことを狙いとしています。ある卸売業の会社さんでは、「レストランの配膳ロボットを見て、品出しや在庫管理をしてくれるロボットが近い将来出てきて普及していくのではないかと考えた」など、様々な観点から面白い意見が多く出ました。
研修に限らず、普段の何気ない会話の中でも、制限を設けず自由な想像を働かせることは出来ると思います。冒頭の記事のようなフィジカルAIの普及した未来を考える、というテーマでもいいですし、「将来、スマホに代わるデバイスは何になると思うか」「富士山が噴火すると日本はどうなるか」など、テーマは何でも構わないと思います。大切なのはお互いの意見を否定せず、様々な視点を面白がって聞くことです。そうした会話を日常的に重ねることで、「仮説思考」のベースが自然と出来てゆくのではないでしょうか。
小宮 弘成