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第1回「歴史に学ぶ」~生涯教育が求められる今こそ学ぶ、論語の 「学ぶこと」とは~

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2021.10.19

今回は、「歴史に学ぶ」の記念すべき第一回目となります。今回は、中国古典の名著「論語」から、特に「学ぶこと」に関わる記述の一部を取り上げ、紹介していきたいと思います。

「論語」の全訳本等を出されている斎藤孝さんは、「論語」の核になるものについて、以下のように書かれています。

「私は、それは、「学ぶことを中心として人生を作り上げる」ことだと思います。(中略)教育者は、人を教育する、ということ以前に、「学び続けることが生きることだ」と心底考えているということ、そしてそれを自身で実践していることが何よりも重要です。そして、その点、孔子は理想の教育者です。このような教育者は、直接、狭い意味での「教育」をしなかったとしても、その感化力で人を動かしてしまいます。」

 

ピータードラッカーは、現代は「知識の時代」と位置付け、知識こそが付加価値を生み出すものと考えています。そして、知識を身につける為には、学ぶことが必要です。

それに対して、日本においては学生時代の学びだけではなく、社会人になってからの学び直しについても、多くの問題や課題が提起されることが少なくありません。こうした問題、課題が、日本の低成長の一因にもなっているのではないでしょうか。

 

今回は、「論語」の中の「学ぶこと」に関わる記述を見ていきながら、学ぶことの在り方について考えてみたいと思います。なお、現代語訳は斎藤孝先生の「論語」から使用させて頂いています。

 

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【原文】

学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや。

 

【現代語訳】

学び続け、つねに復習する。そうすれば知識が身につき、いつでも活用できる。

 

【所感】

学習にしても、読書にしても、一度学んだり読んだりしたら、それっきりとなりがちです。本当に大切なこと、今後の行動に繋がるようなことは、何度も学び、読むことが大事だと感じます。

 

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【原文】

故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る、以て師となるべし。

 

【現代語訳】

古き良きことをわきまえ、新しいものの良さもわかる。そんな人は、師となれる。

 

【所感】

「温故知新」の語源です。孔子は過去の歴史から理想とすべき国や社会を思い描き、今後の目指すべき姿として君主にアドバイスしたり、弟子に教えたりしていました。

企業様においても、創業者の想いを触れることにより、その想いをきっかけとして新しい事業を切り拓くということがあります。そのようなお話をお伺いすると、まさに「温故知新」だと感じます。

 

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【原文】

学んで思わざれば則(すなわ)ちくらし。思うて学ばざれば則(すなわ)ちあやうし。

 

【現代語訳】

外からいくら学んでも自分で考えなければ、ものごとは本当にはわからない。自分でいくら考えていても外から学ばなければ、独断的になって誤る危険がある。

 

【所感】

私は仕事上で指導させて頂く立場に立った時は、繰り返し、繰り返し「自分の頭で考えること」を指導します。情報を集めても考えなければ、新しい価値が生まれないし、それ以前として情報自体も十分に理解されていない事も多々あるからです。一方で、情報が不十分な中での考えは、非常に偏ります。情報を集めることと考えることの両方が必要です。

 

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【原文】

由(ゆう)、汝(なんじ)に之れを知ることを教えんか。之れを知るを之れを知るとなし、知らざるを知らずとなす。是れ知るなり。

 

【現代語訳】

子路よ、お前に「知っている」とはどういうことかを教えよう。はっきりわかっていることだけを「知っている」こととし、よく知らないことは「知らない」こととする。このように「知っていること」と「知らないこと」の間に明確な境界線を引ければ、本当に「知っている」と言える。

 

【所感】

子路とは孔子の弟子の1人で、率直であることが孔子に愛された人です。「論語」の中でも多く登場します。

ここで子路に教え諭すことは、まさに古代ギリシャのソクラテスが唱えた「無知の知」を思い出します。「知らない」ことを「知る」ことなしには、知ろうとはしないのだと思います。逆に言えば、「知らない」ことを「知る」ことにより、知識を探索し、思考し、実行に移すことができるのです。

 

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【原文】

十室の邑(ゆう)にも、必ず忠信、丘(きゅう)の如き者有らん。丘(きゅう)の学を好むにしかざるなり。

 

【現代語訳】

十軒ばかりの村にも、私くらいの忠信の徳を持つ性質の人はきっといるだろう。ただ、私の学問好きには及ばないというだけだ(人は学んではじめて向上する。生来の良い性質だけではだめなのだ)。

 

【所感】

原文中の丘とは孔子自身のことを指すものです。

採用面接を担当する場合に感じるのですが、学びが好きな方は、環境が変わった時に柔軟に対応する力が強いなと思います。

一方で、必ずしも学びが好きでない方は、同じような環境で同じような対応を繰り返すことを真面目に取り組まれても、少しでも環境が変わった時の環境対応力に課題があることが多いように感じます。学びとは、環境変化が激しい中ではとても重要になります。

 

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【原文】

顔回なる者有り、学を好む。怒りをうつさず。過ちをふたたびせず。不幸、短命にして死せり。今は則(すなわ)ち亡し。未まだ学を好む者を聞かざるなり。

 

【現代語訳】

顔回という者がありまして、本当の学問好きでした。怒って八つ当たりすることはなく、同じあやまちを二度とすることはありませんでした。不幸にして短命で亡くなり、今は学問好きと言えるほどの者は門下にはおりません。世の中でも学問好きという者は聞いたことがありません。

 

【所感】

顔回とは、前述の子路と同様に孔子の弟子の1人であり、弟子の中でも一番の秀才でした。孔子は非常に高い期待を寄せていましたが、孔子に先立って亡くなられました。本文はその顔回を振り返っているものです。

この言葉から感じるのは、孔子が考えた「本当の学問好き」とは、生き方もきちんと学んでいるということなのかなと思います。色々と知識があっても、怒って八つ当たりしたり、同じあやまちを二度も三度もするようでは、本当の学問好きとはいえないのです。

 

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【原文】

汝(なんじ)、君子の儒となれ。小人の儒となる無かれ。

 

【現代語訳】

おまえは、自分の人格を磨く君子としての学者になりなさい。単に知識を誇り有名になりたがる小人的な学者になってはいけない。

 

【所感】

私が論語の中で好きな言葉の一つです。単に知識やスキル等を誇るだけではなく、人格を磨くことを通して、お客様、働く仲間、家族等に貢献できるコンサルタント、ビジネスパーソン、人間を目指したいと思います。

 

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【原文】

之れを知る者は之れを好む者に如(し)かず。之れを好む者は之れを楽しむ者に如かず。

 

【現代語訳】

学ぶにおいて、知っているというのは好むには及ばない。学問を好む者は学問を楽しむ者には及ばない。

 

【所感】

やらされ感満載の学びは、本当に身にならないと思います。学びながら、そのことについて考え、まさに情景が浮かぶような楽しさを感じてこそ、身になります。

但し、はじめから楽しさを感じられることでもないので、そこに至るまでの修練は必要なのではないでしょうか。

 

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【原文】

君子は博(ひろ)く文に学びて、之れを約するに礼を以ってす。また以てそむかざるべし。

 

【現代語訳】

君子はひろく書物を読んで、礼という規範で身をひきしめていくなら道に外れることはないね。

 

【所感】

多角的な視点を持てるようになり、相手を思いやり、不愉快にならない対応をするならば、大きく誤ることはないということでしょうか。

学ぶとは少し違いますが、「礼」も、相手を思いやり、不愉快にさせないということを通じて、社会の平和を維持する為には大事な基盤となります。

 

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【原文】

黙して之れをしるし、学んで厭(いと)わず。人におしえてうまず。何んぞ我れに有らんや。

 

【現代語訳】

大切なことを黙って心に刻み覚える。学び続けて、あきることがない。人に教えて退屈することがない。この三つのことは私にとって特別難しいことではない。

 

【所感】

一回こっきり学んで終わりではなく、学び続ける。そして学んだことを人に教えられるまでにならないと、「学ぶこと」は終わらないのだと気づかされます。

 

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論語の中から、10の「学ぶこと」に関わる文章を抜粋させて頂きましたが、いかがでしたでしょうか。

 

20世紀後半からの東アジアの成長に伴い、古代から東アジアに根を張った、「論語」に端を発する儒教に対する評価が高まっていきました。それは、儒教が唱える「学ぶこと」の大事さが、この地域の勤勉性に繋がったと評価されたからではないでしょうか。

 

またの機会にご紹介できればと思いますが、「論語」の中には「学ぶこと」に関わることの他、人への思いやりを大事にする「仁」など、現代に生きる私達にも参考となる内容が沢山あります。ぜひ、以下文献も参考として頂きながら、一度「論語」に触れる機会を創って頂ければと思います。

(参考文献)

「論語の活学」   安岡正篤著

「論語」         斎藤孝著

 

この「歴史に学ぶ」では、古典をはじめとした歴史上の資産から私達の生き方、企業の在り方の参考となる示唆を紹介していきたいと思いますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。


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