勝つことばかり知りて負くるを知らざれば、害その身に至る。 おのれを責めて人を責めるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり。 | コンサルタントコラム | 中堅・中小企業向け経営コンサルティングの小宮コンサルタンツ
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勝つことばかり知りて負くるを知らざれば、害その身に至る。 おのれを責めて人を責めるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり。

今週の「言葉」
2022.02.25

今週の名言
勝つことばかり知りて負くるを知らざれば、害その身に至る。
おのれを責めて人を責めるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり。
(勝つことばかり知って、負けを知らないことは危険である。自分の行動について反省し、人の責任を攻めてはいけない。足りないほうが、やり過ぎてしまっているよりは優れている。)

※東照宮神君遺訓(徳川家康が残した遺訓)より

 

今週の名言は、戦国時代を収めて天下統一を果たし、江戸幕府を開いた徳川家康の言葉からです。
私は、家康ほど負けた時、また及ばなかった時に反省し、そこから学ぼうとした歴史上の人物はあまりいないように思います。

家康の人生の中で最大の負け戦として有名なのが、家康30歳の時の三方ヶ原の戦いでした。この戦いは武田信玄が拠点甲州(山梨県)から京都に攻め上る途上において、浜松に拠点を置いていた家康と戦ったものです。強い軍事力に巧みな作戦で信玄は家康を完膚なきまで打ち負かし、家康は命を落としてもおかしくない状況まで追い詰めらています。

 

その後、家康にとっては幸いなことに信玄は病死しましたが、信玄死後も10年近くに渡って武田家に苦しめられました。織田信長との同盟によって最終的には武田家を滅亡させることができましたが、本来であれば報復してもおかしくない位、怨みが多い敵であったはずです。

ところが、家康は報復するどころか、滅亡した武田家に敬意を表すとともに、その家臣達を多く抱えていきます。武田家の強い軍事力の源泉であった高いマネジメント能力と規律力は、武田家家臣の採用により徳川家に取込まれていきます。その結果、徳川家の軍事力は非常に高くなり、その後に天下統一を目指した豊臣秀吉も一時期は大きく苦しめられました。

自分を負かしたもの、苦しめたものに対して、目をそらしたり、また反発するのではなく、その強さを素直に謙虚に認め、また自分のものとしようと学んでいく。それが最終的には大きな成果を実現していくパワーとなっていくように思います。
勝ってばかりだと、他者のよいものを認め、また学ぶという姿勢に繋がりません。だからこそ家康は「勝つことばかり知りて負くるを知らざるは、害その身に至る。」と言われたのだと思います。

 

家康に比べて織田信長や豊臣秀吉の方がクリエイティブであり、非凡でした。
家康は自分自身が信長や秀吉ほどの独創性がないことは自覚しつつも、信長や秀吉のうよさは学ぼうとしたようにも思います。
家康のように自分が足りないこと(及ばざる)を知り、素直に謙虚に学び、自分のものとしようとする姿も、また一つの非凡の形で、その在り方は学んでいきたいと感じます。


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