聞くということはなかなかに難しいことです。東洋哲学の大家、安岡正篤先生は、「人は、話の聞き方を見ているとその人物の練れ具合が分かる」とまでおっしゃっていますが、聞くというのはそれほど難しいことでもあるのです。
だいぶん前のことですが、オービックさんというソフトウエア会社さんで、お客さまの前で講演をしたことがあります。300人ほどの聴衆がいらっしゃったと記憶していますが、最前列の端の席でとても熱心に私の話を聞いておられる年配の方がいらっしゃいました。私もこれまでに3000カ所ほどで講演をしているので、話を聞いている方の態度はとてもよく分かるようになっています。とにかくその方はとても熱心に私の話を聞いておられました。
講演が終わり、私が演台から降りると、その方は私の後をついてこられました。「ファンの方かな?」と思いましたが、控室まで一緒に入ってこられました。そこで紹介を受けたのですが、その方はオービックさんの創業者だったのです。その少し前に日経新聞の「私の履歴書」に連載されておられたので、私はとても驚きました。そして、「私の履歴書」を本にしたものにサインを入れて私にくださり、その上、社内を案内してくださいました。やはり、熱心に、そしてある意味どん欲に人の話を聞いている方はさすがだなと感心したものです。
松下幸之助さんは、「素直」ということに関して次のように言っておられます。
素直でない人は人の話を聞けない。人の話を聞けない人には弊害が二つある。ひとつは、人の話を聞けないので、他人の知恵を活かすことができない。もうひとつの弊害は、人の話を聞かない人には、人がそのうち話をしてくれなくなる。そしてその延長線上で人が手伝ってくれなくなる。
人の話を聞けない人は、この複雑怪奇な時代を生き延びていく注意や知恵を得られないのです。自分一人の知恵(思い込み)だけでは、この世の中を生きていくのは難しいでしょう。また、他人の手助けも得られなくなってしまいます。人の話を聞かない人に、話をしたり、手助けしたりしようとは思わないですよね。
先日、あるところで人の話を全く聞いていない人に出くわしましたが、これでは危なっかしくて仕方がありません。周りもひやひやしているでしょうが、本人は平然としていました。お客さまの声や部下の意見など、重要なことを聞き逃しているとすれば大変です。
しかし、「人のふり見て我がふり直せ」ではないですが、私たちも注意しなければなりません。全く聞いていないというのは論外ですが、人の話を中途半端に聞いたり、自分の都合のいいように聞いていることは往々にしてあることです。
「聞く」ということは本当に難しいことですが、やはり、素直さ謙虚さというものがないと、真に「聞く」、そして聞いたことを知恵にするということはできないでしょう。