こちらの言葉は、あのニュートンの言葉です。
私たちは壁を作って自分を守ろうとしがちで、橋を作って分かり合おうとする努力がたりない、そのように私は解釈しています。
ここで守ろうとしているのは自分の心です。
そして、分かり合おうとするのも心です。
ニュートンの時代から、いやもっとずっと前から、コミュニケーションの課題に私たちは悩んできています。一人でできないことをするために組織をつくるのに、一人でやるよりもパフオーマンスが落ちてしまう。しかも、誰にも悪気がない。
もしかしたら、力仕事が多かった頃は、人が多ければ多いほど、結果が出やすかったかもしれません。もっとも、人が多ければ多いほど、サボる人も出てきます。それは「自分一人くらい良いだろう」という分かりやすい動機があります。つまり、ちゃんと悪気がある。
悪気がないのにパフォーマンスが落ちるのはなぜでしょう?
組織で成果を出していこうとすると、共通のゴールに向かって、ときに自分を犠牲にして、個性を殺して…というようなことが起きます。それでは続けることができません。結果、長い目で見ると、一人でやった方がまだ良い、となってしまう。
そもそも、一人でできないこととは何なのでしょうか。
同じような力の足し算なのか、異なる考え方、個性を活かしあう掛け算なのか。…そう問いかければ、ほぼ全員が個性を活かしあうと答えます。
では、その個性を活かしあうための努力はできているのでしょうか。
心理的安全性という言葉が聞かれるようになって久しいです。心理的安全性が高い組織は、パフォーマンスも高いといわれています。ただ、心理的に安全を感じたいのであれば、壁をつくるのでも良いはずです。それは、安全だし、もしかしたら自分の仕事には集中できるかもしれません。ところが全体で見れば、当然パフォーマンスは落ちます。
最近思うのは「心理的に安全でありたい」と、経営者やリーダーが思っていることが影響しているということです。自分の言う通りにしてもらえれば、悩みも少ないのに、と。だから、なるべく自分の関与を減らして、自分たちで自由に考えてほしい、となります。みんなの心理的安全を高めていて、一見有効です。悪気もありません。しかし、その動機は、自分が心理的に安全でありたいという思いに囚われています。結局、経営者が、自らの心に壁をつくるアプローチになってしまっているのです。
自分は、こうありたい、このような会社を作りたい、という発信がまず必要です。そこで起こる一人ひとりの社員の反応を素直に受けとめて、自分の考えを更新できるかどうかです。社員一人ひとりに個性があるからこそ出てくる反応に感謝して、感じたこと、考えたことを繰り返し社員に語りかけることが大切なのです。
越えるべき溝や川を受け入れて、橋をかけ続ける―
そんなしなやかさ、素直さをニュートンは説いているのだと思います。