2020年10月に、小宮コンサルタンツにて「会社の方向付けとしてのM&A」セミナーを
行い、私も講師として一部登壇しました。M&Aは、企業経営にとって今後ますます身
近な存在になっていくでしょう。
昨年もほぼ同時期に、同セミナーを実施いたしました。今年は満員御礼で、参加者様
の数では昨年度比3割増となりました。人数の増加は様々な要因が考えられるため、
安易な仮説立てはできませんが、後継者不足という従来からの社会背景に加え、コロ
ナ禍による事業者の統廃合の動きが相まって増加の圧力となっているように感じま
す。
同セミナーを実施して感じたことがいろいろありますが、ここではひとつだけ取り上
げてみます。それは、「財務規律の重要性」です。
財務規律とは、ファイナンスに関して会社が守るべき安全性の基準を定めて、それを
守ることです。安全性を表す短期・長期の指標を設定し、短期の安全性と中長期の安
全性をバランスよく満たしていくことが必要です。以下に、代表的な指標を取り上げ
てみます。
<短期的安全性>
・手元流動性比率=現金及び同等物÷月商
現金及び同等物とは、現預金+有価証券とほぼ同義です。月商に対し、すぐに現金化
できる資産がどれぐらい確保されているかを見ることで、当面の事業継続の安全性を
把握するものです。一般的な基準は、大企業で1ヶ月以上、中小企業で1.7ヶ月以上分
の確保が必要と言われています。今年はコロナ禍ということもあり、「数か月分確保
する」などさらに慎重に積み増しする各社の発表が、新聞紙上などでも散見されまし
た。
・流動比率=流動資産÷流動負債
流動資産とは、1年以内に現金になることが想定される資産です。流動負債とは、1年
以内に返済する必要がある負債です。一般的な基準は、120%以上の維持と言われて
います。100%を切ると、1年以内に負債の返済ができなくなる状態となります。
<長期的安全性>
・自己資本比率=純資産÷総資産
返済義務のない資金調達によって構成される純資産が、すべての資産のうちどのぐら
いの割合を占めているかを表します。この値が高いほど、中長期の事業継続性が高い
とされます。業界によって目安となる基準は様々とされていますが、固定資産の多い
業種(製造業など)で20%以上、流動資産の多い業種(小売業・卸売業など)で15%
以上は必要と言われています。不安定な業界・ビジネスモデルの企業は、高い自己資
本比率が必要です。
これらの指標について、一般的な基準や、社内外の置かれた環境を踏まえて、自社に
とっての維持すべき基準を決めておく必要があります。M&A(に限らず新規事業への
投資も同様ですが)は、資金の投入を伴います。資金の投入は、自社内の現預金を使
うか(あるいは何かの資産を売却し現預金に変える)、借入するか、出資を募るかの
いずれかが必要です。
自社内の現預金を使えば短期的安全性が下がります。長期借入金であれば短期的安全
性は維持できますが、長期的安全性が下がります。出資は安全性を毀損しませんが、
株主としての権限を新たに付与することで、経営権の維持が難しくなる可能性があり
ます。ですので、予め自社の財務規律を定めておき、「この指標基準を下回ることに
なる方法でのM&Aは行わない」などの判断に活かしていくことが望ましいと言えま
す。
しかし、多くの中小企業では、こうした基準を設定していません。M&Aの案件が現れ
てから財務規律を考えるのでは遅いのです。なぜなら、その案件につられて財務規律
を合わせにかかろうとするからです。平時のうちに財務規律を定めておき、M&Aの機
会が訪れた時に判断の軸となる準備としておかねばなりません。
同セミナーご参加の経営者様からも、「この1年でも、身の回りでM&Aの話を頻繁に聞
いた。提案を受けて、非常に迷った末に見送った案件がひとつあったが、その後に聞
いた話だとその会社は簿外の問題がいろいろとあったらしい。その時は財務規律とい
う考え方で見てなかったが、今試算してみると当時実行していたら今日のテキストの
基準を下回る結果になっていた。そのまま買っていたら危なかっただろう。」と言わ
れました。
他方、冒頭でも触れた通り、M&A自体は会社の戦略の一環として、常に選択肢のひと
つに入るべきものです。いつでも実行可能な選択肢としておくためにも、平時のうち
に財務規律を定めて維持するガバナンスを築き上げておくべきでしょう。
<まとめ>
自社が守るべき財務規律を明確にする。